旧第二章
第二項:竜信仰と魂信仰
三界創世の時代、「魂の行方」は「魂の歿」しかなく、恐怖の結末でもなかった。魂は波動性の識子に記録された情報であり、三界の情報量である「魂の密度」が過剰に高まると、宇宙が不安定になる。竜は本能的にこの摂理を認識しており、「魂の密度」の増大を感知すると姿を現し、「魂の焔」で実存を燬き払って「魂の歿」へと導く。創界人は、絶対的な終末をもたらす竜を、単純に畏怖し、素朴に崇拝した。これが竜信仰の始まりである。
その後、霊峰の大噴火によって竜が激減し、「魂の歿」に至らない実存が増加した。行方を失った魂は躯となって地上に湧いた。創界人は「生前の悪行が屍を躯にする」と解釈し、「穢れ」の概念が生まれた。一部の創界人は、竜による「魂の歿」が一種の救済であったことを悟り、多くの創界人は、「魂の歿」に代わる「魂の行方」を求めるようになった。
竜が吐く絶界の「魂の焔」は、稀に位相を穿ち、創界と異界の裂け目である創異円を生成した。一部の魂は創異円から異界に転相されるようになり、創界の「魂の密度」は低下していった。悠竜時代の後期には、竜の出現頻度が減少し、竜を知る創界人も少数となった。代わって、創異円から異界人が現れ始め、創界人は、創異円が魂を肉から解放することを知った。この新たな「魂の行方」は「魂の憩」として歓迎された。創界人と異界人は創異円を禁殿で覆い、「魂の安処」とした。竜は、人々に創異円を与える存在へと変容し、竜信仰と魂信仰が結び付いた。
悠竜時代末期、「太古の遊人」が飛異魂を開座し、全ての魂が憩を得るようになった。「魂の密度」は一挙に低下し、竜は姿を消した。古世紀の太古文明では、飛異魂を聖座として祀る聖殿が「魂の安処」となり、「魂の行方」に対する不安は解消された。そのため逆説的に、竜が導く「魂の歿」が極端に恐れられた。
古世紀末期、「太古の崩壊」によって飛異魂は沈黙し、「魂の安処」は失われた。ほどなく、第一帝国の還座が「冥界の安処」として開座した。冥界を目指すようになった魂は、「魂の篩」である岩盤によって「魂の純度」ごとに選別され、異なる旅路を辿るようになった。不純な魂は岩盤に遮られ、創界で躯と化した。低純度の魂は、岩盤を越える際に情報が失われ、冥界の躯となった。高純度の魂のみが、情報を保持したまま岩盤を越え、第一帝国で躰を得た。
古世紀の創界人にとって、これは二つの観点から深刻な問題であった。一つは、生前の行いに応じた「魂の純度」によって「魂の旅路」が異なること。もう一つは、還座は「魂の安処」ではなく、魂は憩も歿も迎えていないことである。創界人の憂慮は、太古文明を継承した深層文明と古代文明において、様々な宗教を生んだ。
「魂の密度」が高まった古世紀末期、冥界から滲出した辺境伯が、創界人を暴力的に「魂の歿」へと導いた。ほぼ同時期に、冥界から光臨した皇女が、沈黙していた飛異魂を開座して「魂の憩」を復活させた。しかし、皇女が辺境伯を封印したことで、「魂の行方」の扉は再び閉ざされた。現在に至るまで、この問題は解決していない。宗教者の間では、「魂の密度」の増大と、竜の再臨が危惧されている。
リスト:魂の安処
【悠竜の安処】創異円を覆った禁殿のこと。
【太古の安処】聖座(飛異魂)を祀った太古文明の聖殿のこと。
【冥界の安処】還座を祀った第一帝国の「黒白の聖殿」のこと。「魂の安処」ではなく、魂に躰を与える。
【創界の安処】聖座(飛異魂)を祀った第二帝国の「純白の聖殿」のこと。
第三項:罪と罰
「魂の旅路」において創界人が最も忌避すべき運命は、自らの魂が再び肉を纏い、躯と化すことであった。彼らはこれを「穢れ」と称した。穢れとは、躰が犯した罪であり、罪を背負った魂である。「穢れ」によって「魂の純度」は低下し、最も穢れた「寂しい魂」は、その罰として最深層に堆積し、穢響と化す。躯の温床である穢響は、「穢れ」の実体として徹底的に厭悪された。創界人はその幼児期に、「悪いことをすると躯になる」と戒められる。実存論では、「穢れ」は「肉が魂に与える属性」として理解される。肉の経験が魂として記録されるため、論理的には整合しているが、その機序は定かではない。
「汚れ」は「辱められた肉」のことで、業の因果や魂の「穢れ」とは根本的に異なる概念である。「汚れ」は善悪や秩序とは別の枠組みで定義され、ときに倫理的な帰結にも反することから、頻繁に「穢れ」と混同される。男が性欲に任せて女を凌辱した例では、男の行為は罪であり、彼の魂は「穢れ」を得る。一方、犯された女の肉は「汚れ」とされる。その女が妊娠して流産したなら、水子の肉は極めて強力な「汚れ」となる。行為の主体ではなく、客体の肉に烙印される「汚れ」の思想は、カーナントを原点とする。ゾンビに傷付けられた創界人は、躰が躯と化し、カーナントに変貌する。同情すべき被害者は、しかし「肉が汚れた」として排除される。
実存論では、「汚れ」は「命が肉に与える属性」として説明される。魂と命は肉を奪い合う関係にあるが、創界人は、魂が自らの本質と考え、その「穢れ」のみを思索してきた。他方、肉の増殖を目的とする命の衝動には無自覚であった。子を生むための営為、すなわち生殖に始まり、暴力による他者の排除や、裏切りによる自己の拡大を含む、命のあらゆる行いから、不可避的に「汚れ」が発生する。
「穢れ」と「汚れ」の混合は、創界で最も醜悪な思想に結実する。すなわち、肉の「汚れ」によって魂の「穢れ」を浄化する、徹底した肉の「汚れ」が実存を「魂の歿」へと導く、などである。「穢れ」と「汚れ」は意図的に混同されたという、恐るべき指摘もある。
第四項:魂の詩
文献:『魂の詩』(聖教団正本)
愛しい創界人の魂は、その姿と記憶を手放し、憩を得て、霊峰に微睡む。
優しい創界人の魂は、その姿と記憶を眼差し、躰と結び、帝国に揺蕩う。
哀しい創界人の魂は、その姿と記憶が色褪せ、躯を纏い、辺境を彷徨う。
寂しい創界人の魂は、その姿と記憶を見捨て、穢と化し、深層に蔓延る。
空しい創界人の魂は、その姿と記憶を背負い、歿を求め、常界を流離う。
『魂の詩』解題
【第一段落】「太古の安処」は、全ての魂に分け隔てない憩を与えていた。これが愛であり、愛を享受した魂は「愛しい魂」と呼ばれた。
【第二段落】「太古の安処」が失われて第一帝国が成立すると、到達不能な「魂の行方」よりも、その過程である「魂の旅路」が重視されるようになった。信仰の重心は、魂の解放や救済から、罪と罰へと移行した。魂は、罪深い低純度のものから順に、「寂しい魂」「哀しい魂」「優しい魂」と呼び分けられ、異なる旅路を辿った。不純な「寂しい魂」は岩盤に遮られ、穢響として最深層に堆積した(三行目)。岩盤を越えて冥界の辺縁に至った魂は、第一帝国に向かって漂うが、純度の低いものから「哀しい魂」として辺境人と化し、辺境を彷徨った(二行目)。最終的に、高純度の「優しい魂」のみが第一帝国へと辿り着き、帝国人として転生した(一行目)。
【第三段落】第一帝国滅亡後、魂は冥界を目指すことすらなくなり、罪を反映した「魂の純度」と、罰である「魂の旅路」も形骸化した。全ては「空しい魂」として漂泊し、「魂の密度」の高まりとともに、「魂の歿」や「汚れ」が人々の関心を集めた。
フロー:魂の旅路
魂の発生 ├→魂の安処──(転相)→異界人 ├→寂しい魂┬─(地表)→躯 │ (穢響)├─(破壊)→魂珠 創 │ ├┬(集積)→アメジスト 界 │ │├(残滓)→魂砂─(濃縮)→ウォート │ │└(残渣)→魂土─(燃焼)→魂の炎 ↓ └(招魂函)→躯 岩盤 │ ├→哀しい魂┬(残滓)→魂砂─(冥魂函)→躯 冥 │ ├(残渣)→魂土─(燃焼)─→魂の炎 界 │ └───→辺境人 └→優しい魂─(還座)→帝国人
第六節:生物学
第一項:生物
命存は、自力で生殖する実存である。動物は、死による躰から屍への変化が外形に現れる生物であり、植物はそれが現れない生物である。菌蕈は、肉が屍であり、生死の区別がない生物である。
性を獲得した動物は交配生殖によって繁殖し、未性の動物・植物・菌は単為生殖によって増殖する。
親が同一の子らを同血という。
第三項:性
識子場の粒子性と波動性の均衡を性という。個体の肉の経験は魂の記憶となり、識子場において、魂の記憶は新たな肉を励起する。このため、個体の躰は、その履歴を反映した特徴を帯び、一般的にはこれが性と理解される。性が未決定の状態を未性という。未熟な未性の個体が、自らの生存に有利と判断した特定の行動を重ねる過程で、識子場の性質が偏向し、肉と魂は後天的に性を獲得する。識子場の粒子性が高いと雄性、波動性が高いと雌性、両者が完全に平衡していると無性となる。未性の個体を童、雄性の個体を雄、雌性の個体を雌、無性の個体を竝という。特に、創界人の雄を男、雌を女という。雄性と雌性を有性といい、等しい有性の組を同性、異なる有性の組を異性という。一般的に、異性は惹かれ合う。交配は、未性を除く三つの性間で可能であり、性は繁殖に影響しない。異性間の子は無性的となり、同性間の子は親の性傾向を継承する。
第四項:色
色は、実存の状態を反映した属性である。特に、命の実体である識子場の粒子性と波動性の均衡、すなわち性によって発現する十六色を命色という。個体の命色は、性決定後に、雄性は黒色、雌性は白色、無性は無色に収束する。
