章:物語
第一節:言葉と物語
言葉は一般的に、「創界人が自らを識ろうとする欲求の発現」と理解される。言葉が表現する対象は、実存を起点として識子から宇宙までの全存在に及ぶ。
言葉による存在の描写を物語という。物語の内容は倫理と実像に、形式は原話と理論に大別される。倫理は「存在のあるべき姿」、実像は「存在のあるがままの姿」の物語である。原話は「言葉の構成的な展開」、理論は「言葉の論理的な接続」である。
倫理の原話を信仰、倫理の論理を哲学、実像の原話を歴史、実像の理論を科学という。各物語が到達すべき「存在の真の姿」を真理という。
表:物語の分類
| 原話 | 理論 | |
|---|---|---|
| 倫理 | 信仰 | 哲学 |
| 実像 | 歴史 | 科学 |
第二節:実存と物語
「自らとは何か」を問う創界人の物語は、実存の探求から始まる。
第一項:死者と殯
創界人の原始的な葬礼では、死者の肉体は腐朽するまで安置され続けた。これを殯という。創界人が長期間の殯で死者を葬送した理由は、蘇生の監視と、竜への抵抗である。創界では、竜の火によって頻繁に創界人が滅却されていた。殯は、竜禍を生き抜いた死者が静穏に死を全うする儀式であった。死を過ち蘇った実存は、冥界に堕ちるとされた。
第二項:肉・魂・命
第三項:魂の物語
魂と魂珠
殯と三元素を通じて、創界人は自らの本質が魂にあると信じた。魂の概念は抽象的かつ難解であり、多くの創界人は魂珠が魂であると認識していた。この実用的な近似は実存の物語を発展させた。創界人は、自らの魂を識るために言葉を紡ぎ、魂の物語を編んだ。
魂の旅路
魂の行方
「魂の旅路」を経て死を全うすることで、魂は肉から解脱する。その最終的な結末を「魂の行方」という。創界人にとって、魂が魂のまま永遠に存続する「魂の憩」は生を超越する歓喜、魂が三界から完全に消滅する「魂の歿」は死を凌駕する恐怖であった。
第三節:実存と倫理
「自らとは何か」を問う創界人は、「存在のあるべき姿」を思索した。この物語を倫理といい、創界人の主観的な行動規範となった。
自らの本質は魂にあると信じた創界人にとって、「存在のあるべき姿」は「魂のあるべき姿」でもあった。死後の魂があるべき姿をなすために、生前の魂はどうあるべきか。それが倫理の問いである。
魂の純度
「魂の旅路」は、魂の質である「魂の純度」によって異なる。高純度の魂は死を遂げ、低純度の魂は死を過つとされた。
罪・罰・業
魂の記憶は肉の経験であるため、「魂の純度」は生前の行いによって決まる。魂を濁す行為を罪という。罪によって「魂の純度」が低下し、「魂の旅路」が過酷になることを罰という。罪と罰の因果を業という。倫理の要諦は、肉を律して魂を安んじ、業を調えて「魂の旅路」に備えることである。
第一項:実存と信仰
倫理を遵守するための原話を信仰という。信仰の究極的な使命は、全ての魂を赦すことである。創界には多様な信仰が存在するが、原話の基盤は常に「魂の行方」であった。
決定論
魂は操作不能で、生前の行いによって「魂の行方」は決定されているという考えを決定論という。人民支配や社会秩序の維持に都合が良く、封建的な国家制度と親和性が高い。不安定な世相では、人々の無気力や社会の停滞を招きやすい。
未決論
魂は操作可能で、死後の選択と偶然によって「魂の行方」は変化するという考えを未決論という。個人主義や実力社会の発展と相性が良く、革新的な思想信条と融和性が高い。流動的な時代には、刹那主義や反体制主義へと転化しやすい。
魂の救済
実存を「魂の憩」へと導くことを救済という。決定論では、魂は業に従って「魂の旅路」を歩き、「魂の行方」を受容する。救済の目的は、宇宙的存在と契約して「魂の憩」を生前に得ることである。
魂の復活
実存が「魂の歿」から蘇ることを復活という。未決論では、魂は業に抗って「魂の旅路」を拓き、「魂の行方」を選択する。復活の目的は、宇宙的存在を超克して「魂の歿」を死後に覆すことである。
第二項:実存と哲学
実存三元論
実存は肉・魂・命の三元素からなるとする原初の哲学を実存三元論という。実存論ともいう。実存論は、心存としての創界人の足場であり続けた。他の物語の進境は実存論を進化させ、実存論の進歩は他の物語を進展させた。実存論は発展段階によって、古典実存論・標準実存論・一般実存論に区分される。
古典実存論
実存を「肉と魂」「肉と命」の関係で定義する実存論を古典実存論という。後の標準実存論と区別して三元論ともいう。古典実存論は、魂珠を魂として扱い、無肉の実存を論じない。一般的な創界人は、古典実存論に準じて実存を認識している。
標準実存論
一般実存論
標準実存論を拡張し、全ての実存の再構成を目指す未達の実存論を一般実存論という。標準実存論では分類不明な奇を定義する理論を「弱い一般実存論」、水や空気などの非実存的存在まで包括する理論を「強い一般実存論」という。後者を存在論ともいう。
第四節:実存と実像
「自らとは何か」を問う創界人は、「存在のあるがままの姿」を観察した。この物語を実像といい、創界人の客観的な認識基盤となった。
心存である創界人にとって、「存在のあるがままの姿」は「魂が認識した姿」でもあった。三界の内に魂があるのか、魂の内に三界があるのか。それが実像の問いである。
第一項:実存と歴史
実像を感得するための原話を歴史という。歴史の根元的な責務は、魂の軌跡を記すことである。創界には複雑な歴史が存在するが、原話の骨格は常に創界人の業であった。
歴史は記述様式によって、通史・列伝・行史・篇志に区分される。歴史を編纂する中で、政治・経済・法律などの学術が成立し、文学・美術・演劇などの芸術が開花した。
第二項:実存と科学
自然
摂理
命存
実存論は三元素によって実存を分類するが、科学は命の様態によって定義する。子を生す実存を命存という。他の命存を摂食して胤を生す命存を動物、水や光を摂取して胤を生す命存を植物、他の命存を冒して胤を生す命存を菌蕈という。命存の科学を命存学という。命存学が描く三界は、「魂と命が肉を奪い合う世界」である。
技術
摂理学や命存学が深化する過程で、電気工学や交配育種などの技術が開発された。科学の悲願は、魂を制御する技術の確立であった。
