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章:悠民
第一節:概要
かつて創界人は竜大陸各地の《村》で暮らしていた。悠竜時代の末期、「太古の遊人」が霊峰に飛異魂を設置すると、多くの創界人が「魂の憩」を求めて大竜原に移住した。彼らは太古文明を興して太古人となった。一方、大竜原へと移住せずに《村》での暮らしを選んだ創界人を悠民という。悠民は悠竜時代の生活を伝承しつつ、太古文明を祖とする創界文明とは異なる系譜の文化を築いた。
創界文明は、悠民の《村》を悠村と呼ぶ。各悠村は独自の歴史と文化を有し、「典型的な悠村」は存在しない。創界文明と隔絶した悠村もあれば、断続的に交流が続いた悠村もある。
太古文明が三界語を制定する以前は、各悠村で様々な言語が用いられていた。これらの言語は完全に独立していたわけではなく、多くの場合、同一の地帯の諸言語は互いに近縁であった。現在では、多くの悠民が三界語を使用するようになり、これらの古い言語は、土地や神の名前など、古くから存在する固有名にのみ残っている。創界文明と隔絶し続けた悠村では、三界語の影響を受けない古い言語が完全に残っている例もある。
地帯によって悠村を分類すると、平原型の数が最も多い。平原型悠村の文化は、最初期の太古文明にも強く受け継がれたと推定される。
表:悠村の言語と地命圏
悠村のアイデア
傭兵の村
「太古の台地」《-1536, 0》の南にある雪原型の悠村ウルダル《-1448, 168》。独自の軍事力を持たないギルド連合の傭兵となることで、創界文明の物資や技術を得てきた。ギルディアン連絡体の各ギルドが、フィヨウメクの各地に都市を建設した際は、その地の悠村を侵略・占領して拠点としたが、このときも傭兵悠村の悠民が働いた。後年、ウーゾ地区にオズボーン城塞が築かれたときには、傭兵悠村の兵も詰めた。
ウルダルの背景
大雪原は元々寒冷地ではなく、「太古の崩壊」による急激な気候変動によって寒冷地となりました。その結果、大雪原の各地で物資や資源が乏しくなり、悠村間で奪い合いが起こります。ウルダルもそれらの悠村の一つでした。彼らにとって戦いとは、文字通り、生き抜くための切実な手段でした。ですので、「誇り高い戦士」のイメージは薄いです。少なくとも戦闘に関しては「何でもあり」だと思います(この点は騎士道精神のある騎士団とは違う)。一方で、悠村間の争いですので、「集団内の結束は固い」「裏切りは許さない」「鉄の掟」といったイメージが強いです。
ウルダルは他の悠村を物理的に破壊したかもしれませんが、その地の悠民は「吸収」したのかもしれません。大雪原の各地に小規模で生産性の低い悠村が点在し、しかも小競り合いをしているのでは拉致が空かない。大雪原の人員と資源をウルダルに集中させて「フィヨウメクを生き延びうる地にする」ことを目的にしているのはあり得ます。これは大雪原の統一ではなく、むしろ過疎化した広域自治体がコンパクトシティを作ろうとする動きに似ています。
ギルド連合は元々、深層に都市を築いた深層人でした。そのこころは「劣悪な環境で文明を興す」です。彼らを知ったウルダルの人は「大雪原にも持続可能な文明を興すことができる」ことに気付きました。ウルダルの本質は「大雪原文明の樹立」です。その過程で他の悠村は、征服され・吸収されたというのが実情だと思います。目的は資源の集中です。目的がはっきりしているので、彼らの判断は合理的になります。これが滅ぼされた側から見ると、冷酷にも見えるし、温情にも見える。
悠竜時代がEudrake Ageでした。その後、創界文明は古世紀に入るのですが、ウルダル人にとっては悠竜時代がずっと続いています。ウルダル人が作ろうとしたのは、大雪原で生き延びることが可能な次の時代、悠雪時代 Eufonn Ageではないでしょうか。社会や文明ではなく、時代を作ろうとしたというのは、わかりやすいですし、抽象的なのでフワッとさせやすく、理想も詭弁も語りやすくなります。
悠雪命約(命を約束する)・命の権化である菌に対する信仰?
傭兵型悠村:
古ノルド語を基層にした現代化言語
戦争・契約・寒冷地生活の語彙が異常発達
法と言葉が直結している
雪原型悠村《-2008, -312》《-2088, 88》は傭兵悠村の暖簾分けか?
第二節:遺亡の悠村
項:
炉匠都市フィアーノの雪原型悠村フェルスカルド《-1928, 872》
項:
貨商都市コアントローの雪原型悠村コルドリス《》
項:
司書都市イーデルの雪原型悠村アイスカルン《-792, -344》
項:
薬師都市ウィッテンベルグの雪原型悠村ウィルムゲル《-1384, -808》
項:
門吏都市ユリアナの雪原型悠村ヨクルン《-728, 248》、地下に創異円《-748, -31, 192》、《古代都市》あり。
第三節:大ブルスケッタの悠村
ガレット公爵領の平原型悠村《1304, 584》、地下に創異円《1349, -16, 588》あり。
第四節:タズルト
第一項:概要
タズルトは、大豊原と大荒原の境界に位置する、外ブルスケッタの小さな平原を中心とする土地、またはその平原、あるいは平原の悠村である。創界文明では、タズルトの平原をタズルト平原、悠村をタズルト悠村(タズルト村)、悠民をタズルト悠民(タズルト人)、使われていた言語をタズルト語という。現在のタズルト人は三界語を話すが、土地や神の名前にタズルト語が残っている。
第二項:地理
タズルト平原は、大豊原の密林とサバンナ、大荒原の荒野、および熱帯海洋という熱帯・乾燥帯に囲われている。タズルト平原の中央にある高台の大きな岩をアズル岩という。アズル岩を中心とするタズルト悠村は形式的には平原型だが、密林型・サバンナ型・砂漠型の性格が色濃い。
タズルトの北を東西に流れるアシフ川が、北岸の大荒原と南岸の大豊原を区切っている。タズルトの西に広がる熱帯海洋をイラル湾といい、アシフ川を通じて東海の珊瑚海洋と連絡している。
第三項:神話
タズルトの神であるアメズルイは「色を塗る神」である。北の荒野で陶石層を塗り分けていたアメズルイは、塗って塗って塗り続け、アシフ川を渡って南のタズルトまで辿り着いた。果てしない作業に疲れていたアメズルイは、アズル岩に腰を下ろした。海を眺めたアメズルイは、イラル湾の魚が白色であることが気になった。アメズルイは魚を捕まえ、戯れに色を塗って海に放した。彩られた彩魚(アスレム)は色を喜び、水平線の彼方へと泳いでいった。アメズルイは嬉しくなり、次々と魚に色を塗り続けた。いつしかアメズルイは荒野の色塗りを忘れてしまい、大荒原の侵食はタズルトの手前で止まった。
アメズルイの仕事によって、イラル湾は多種多様で色鮮やかな彩魚の楽園となった。タズルトの漁師は、アメズルイの作品である彩魚の色と形を『彩魚図鑑』(アスレム=タウラフト)に記録し続けた。新種の彩魚を釣り上げると、アメズルイの新作として喜んだ。タズルト人にとって、『彩魚図鑑』はアメズルイの作品集であり、『彩魚図鑑』を求める者はアメズルイの信奉者である。
『彩魚図鑑』の冒頭にはタズルトの神話が記されている。アメズルイの存在は『彩魚図鑑』を通じて創界文明にも広く知られた。
第四項:歴史
タズルトの神話は、タズルト村の成立年代が、「太古の崩壊」による大荒原と央海の形成後であることを示唆する。悠村としては極めて新しく、タズルト人は、別の土地からタズルトに移住してきた可能性が高い。アメズルイは、過酷な大荒原から逃れてきた原タズルト人の記憶であるとする説もある。
旧世紀の初頭、「辺境伯の蹂躙」から逃れて大ブルスケッタを脱出した古代人の一行は、大荒原の手前のタズルト村に行き着いた。古代人は、背後の強大な辺境伯と眼前の過酷な大荒原に挟まれ苦悩した挙句、大荒原の奥地へと向かうことを決断した。辺境伯を知らないタズルト人は反対したが、最終的には舟を出してアシフ川の対岸へと古代人を送り出した。後にアトレド共和国を建国する古代人は、タズルト人への恩を心に刻んだ。
辺境伯の侵攻に備えて鎖国を続けたアトレド共和国だが、タズルトとの交流だけは絶やさなかった。タズルト村での彩魚と『彩魚図鑑』の買付は、アトレド共和国唯一の公的な通商である。アトレド人による彩魚の高額買取は、大ブルスケッタやフィヨウメクへの転売が目的だが、アトレド共和国からタズルト村への感謝と援助の側面も強い。アトレド人が定期的に彩魚を買い上げるため、タズルト村の生活は安定している。タズルト人は今日も変わらず漁を続けている。
第五項:生業
漁業
タズルト村の主要な生業で、最大の特色は彩魚漁である。タズルト村では代々、二千七百種も存在するという彩魚の目録である『彩魚図鑑』が編集され続けている。特定の体色と模様の彩魚は創界文明で珍重され、高値で取引される。このため大荒原のアトレド人が、彩魚と最新版の『彩魚図鑑』を買付にタズルト村を訪れる。タズルト人は創界文明における彩魚の価値に関心はなく、ただ自然の多様性に敬意を払っている。
表:タズルトの海産物
農業
魚が主食のタズルト村では、農業は盛んでない。熱帯・乾燥帯での栽培に適したジャガイモに加え、密林の野生種を栽培化したカカオ・カボチャ・スイカが生産されている。家畜の餌としてコムギが、『彩魚図鑑』の紙のためにサトウキビが、少量栽培されている。
表:タズルトの農産物
畜産
魚が主食のタズルト村では、少数の家畜が、もっぱら素材の生産のために飼育されている。
表:タズルトの畜産物
第六項:建築
タズルト様式
タズルト村の建築様式をタズルト様式という。木材として、平原のオーク、密林のタケとマホガニー、サバンナのアカシアが使われる。石材として、石や丸石に加え、荒野の陶石や彩釉陶石(素・白・朧・茶・赤・橙・黄)がふんだんに使われるのが特徴である。砂浜の砂を製錬したガラスは、入手が容易な茶色・赤色・橙色・黄色の染料で染色される。これら暖色系の素材と青海原からなるタズルトの風景は、まるでアメズルイが色を塗ったかのように鮮烈である。
一覧:タズルトの染料
【朧色】デイジー・ヒナソウから朧染料。
【黒色】「イカの墨」から黒染料。
【茶色】「カカオの豆」から茶染料。マホガニーと対応。
【赤色】ポピーから赤染料。アカシアと対応。
【橙色】赤染料と黄染料から橙染料。オークと対応。
【黄色】タンポポから黄染料。タケと対応。
【緑色】荒野の「サボテンの茎」から緑染料。
【碧色】緑染料と青染料から碧染料。
【青色】ヤグルマギクから青染料。
【紫色】赤染料と青染料から紫染料。
【葵色】紫染料と桜染料から葵染料。
【桜色】荒野の「サボテンの花」から桜染料。
タズルト旗
タズルト村の旗章をタズルト旗という。
風景
漁村なので樽が多い。桟橋、小橋、漁具、係留具。魚河岸。漁村らしくネコが多い。ネコ関係の何か?
{アメズルイ神社}
アメズルイを祀る神社。村の中心。神話でアメズルイが腰を下ろしたとされる高台のアズル岩の上にある。新種の彩魚が釣れたら神社に奉納し、翌日、『彩魚図鑑』に記載する。神官である《司祭》(醸造台)の家が隣接。彩釉陶石やガラスを多用した、村で最も色彩豊かな建物。
彩魚図鑑の編集所
『彩魚図鑑』の編集・保管をする《司書》(書見台)の家が一軒。彩魚を飼育する水槽がある。神社の次に色彩豊富な建物。
彩魚の名前は誰が命名しているのか?
漁師の家
市場
メインは魚河岸だが、その他の農作物・食料・雑貨も扱う村の市場。
魚鍛冶の酒場
《道具鍛冶》(鍛冶台)である魚鍛冶(Fishsmith)の家と工房と酒場を兼ねる。魚鍛冶は村に一軒の道具鍛冶だが、あまり仕事がないので、普段は鍛冶用の竈で魚を焼いて酒場を営業している。工房=厨房。市場と隣接している。
農家
《農民》(堆肥箱)の家が一軒。ジャガイモ・カボチャ・スイカ・コムギ・サトウキビが各一畝程度の小型の畑。マホガニーの小さい木でカカオを栽培。納屋。
畜産農家
畜産農家と織工を兼ねる《羊飼い》(機織機)の家が一軒。織地から絨毯・寝台・旗を工作する工房がある。ウシ・ニワトリ・ヒツジが二頭ずつ程度の牧場。家畜の餌は農場で取れるので、農家と畜産農家は隣接した方が良い。納屋も兼用にするか。
客人の家
彩魚の買付で訪れるアトレド人のための宿泊施設。
{《プレイヤー》である「皇女の騎士」が地下に秘密の部屋を勝手に作り、創冥門を設置して往来に使っている?}
