2008/08/10/Sun.名探偵はなぜ結婚しないのか
今までになかった名探偵が登場する探偵小説を読みたいと思う T です。こんばんは。
エドガー・アラン・ポーが描いたオーギュスト・デュパンを始めとして、名探偵は独身だと決まっている。家族の印象も薄い。何故か。
- シャーロック・ホームズは結婚していない。
- 生涯独身であるばかりか、極度の女性嫌いであると明示されている。
- ワトソンは何度か結婚しているはずだが、最終的にはホームズと同居し、ここにホームズ役とワトソン役とのホモセクシュアル的な強い絆の原型が生まれる。
- ホームズも『ボヘミアの醜聞』に登場するアイリーン・アドラーという女性にだけは敬意を示しているが、「とはいっても『あの女 (ひと)』すなわちアイリーン・アドラーにたいして彼が恋愛めいた感情をいだいているというのではない」と但し書きがされている。
- 明智小五郎は結婚している。
- しかしそれは『少年探偵団』時代 (vs 怪人二十面相) のことである。そして江戸川乱歩の中期以降の作品は、一般的に狭義の探偵小説には含まれない。冒険活劇とでもいうべきか。
- 本格探偵小説を志向した初期の作品に登場する明智小五郎は、煙草屋の二階の本だらけの部屋に住む独身の高等遊民であり、これは典型的な名探偵像である。
- 「いわゆる好男子ではないが、どことなく愛嬌のある、そしてもっとも天才的な顔を想像するがよい——ただ明智の方は、髪の毛がもっと長く延びていて、モジャモジャともつれ合っている」(『D坂の殺人事件』)
- 初期作品において恋愛関係のエピソードはない (俺が知らないだけかもしれないが)。
- 天才型名探偵、神津恭介は結婚していない。
- ホームズや明智の学歴が明らかになっていないのに対し、神津恭介は東京大学医学部を卒業 (後に法医学教室教授)、美男子など、わかりやすい設定である。外国語が堪能、音楽に造詣が深いなどはホームズと一緒。
- 「神津の前に神津なく、神津の後に神津なし」(『刺青殺人事件』)。中二病だよなあ。
- 「神」などの中二病的な文字が名前に入るのも幾人かの名探偵の特徴である。これについては引き続き研究したい。
- 神津恭介は『成吉思汗の秘密』で親しくなった大麻鎮子と結婚しそうになったことがある。
- 「鎮子はいま、恭介の個人的な秘書のような役で、毎晩のように彼の家へ通っているのだが、自分のおかげで鎮子が大学の研究室を退かねばならなくなったということに、恭介もたいへんな責任を感じているようだった。そういう種類の責任感は、そのまま愛情とかわり、結婚にまで進んで行ったとしても不思議はない」(『成吉思汗の秘密』)。時代を感じる文章だぜ。
- しかし大麻鎮子は死んでしまい、神津恭介の心の中には思い出が残った。「あのときは、ほんとによくやってくれた。だが、運命だったんだね。彼女がなくなったのも交通事故だった。同じ事故でも僕の場合は、命は助かったけどね」(『古代天皇の秘密』)。
- したがって神津恭介の独身の理由については、「操を守っている」的に説明される。
- ワトソン役である松下研三は早い時期から結婚しており、離婚もしていない。
- 変人型名探偵、金田一耕助は結婚していない。
- 名探偵ということで一応は尊敬されているが、イケメン名探偵のようなハーレム状態とはほど遠い。
- 「小柄で、もじゃもじゃ頭をした、どこから見ても風采のあがらぬ人物である。おまけによれよれのセルに袴をはいているのだから、よく踏んでも、村役場の書記か、小学校の先生くらいにしか見えない。おまけに少しどもるくせがある」(『八墓村』)
- 「羽織も着物もしわだらけだし、袴は襞もわからぬほどたるんでいるし、紺足袋は爪が出そうになっているし、下駄はちびているし、帽子は形がくずれているし……つまり、その年頃の青年としては、おそろしく風采を構わぬ人物なのである」(『本陣殺人事件』)。「風采を構わぬ」というのがポイントだよな。つまりそれは探偵のポリシーの (消極的ではあるかもしれないが) 表明なのである。
- 神津恭介よりもかなりはっきりした形で、金田一耕介は鬼頭早苗を愛した過去がある。「島を出て一緒に東京へ行きませんか」(『獄門島』)。でも早苗は島に残っちゃうんだよなあ。
- 哲学者探偵、矢吹駆は結婚していない。
- 哲学と宗教を背景に持ち、彼の主観がほとんど見えてこないという意味で神秘型名探偵とでもいうのだろうか。
- 矢吹駆は美男子であり、ワトソン役のナディア・モガールは彼にぞっこんだ。
- 「わたしが惹かれたのは、青年の端正な顔立ちではなかった。無表情なその顔に、時として浮かぶ憂鬱な微笑の翳が、不思議な力でわたしを捉えたのだ。その魅惑的な暗い微笑は、わたしの好きな画家の描いたマオリ族の青年が浮かべているそれに似ていた」(『バイバイ、エンジェル』)。
- しかし矢吹駆自身は修行僧にも似た「簡単な生活 (ラ・ヴィ・サンプル)」を旨としており、恋愛どころか食事や住居にも興味がない。
- 他の名探偵の「女嫌い」が何となくポーズっぽい雰囲気があるのに対して、矢吹駆のそれは真性っぽい。名探偵としてそう演じているのではなく、それ以前の人間・矢吹駆が無性的な人物。
- 天才的な描写はないが、いきなりサンスクリット語を操って教授を驚かせるなど、「何を考えているのかわからんがとにかくスゴそうだ」系の設定。
- ダイナミックに人物像が変化し続ける稀代の名探偵、御手洗潔は結婚していない。
- 初期の御手洗はホームズをモチーフにしているが、作者である島田荘司御大によって、ホームズとはまた違ったヒューモアを持つ魅力的な人物像を与えられている。
- 「御手洗という男は、芸術的資質を持つ人間の常として一風変っていて、何の期待もなく買ってきた練り歯磨きが思いがけず良い味だったといって一日中はしゃいでいたり、お気に入りのレストランのテーブルが、『実にくだらない』ものに変っていたといっては三日間ふさぎこんで溜め息ばかりついているといった調子だった」(『占星術殺人事件』)。
- 女性嫌いであるのはホームズと同様。長身の男前であり、松崎レオナから惚れられているが相手にしていない。
- ワトソン役の石岡和己とは同居していたが、御手洗の海外移住により解消される。
- 石岡和己は結婚していない。その昔、石川良子と同棲していたが、彼女が死んで以来、特定の女性と関係した形跡はない。
- 「これは私の、ただ一つの悲しい物語だ。もう今後二度と、こんな悲しい話を語ろうとは思わない。決して、誓って、思わない」(『異邦の騎士』)。ワトソン役だけど、石岡が良子に操を立てているあたりは神津恭介に通じるものがあるよなあ。
- 御手洗はその後、天才型名探偵への脱皮を試みたようだが、いかんせん島田御大による後付けの設定が巨大になり過ぎて、もはやギャグの世界の人間になりつつある。
引用箇所を探すのに疲れたのでこのへんで止めるが、実はまだ本題に入っていない。以前から思っていたのだが、「京極夏彦の京極堂シリーズにおいて、中禅寺秋彦と関口巽がともに妻帯者であるという設定は、探偵小説史上画期的なことである」のではないか。榎木津礼二郎は結婚していなけれど、そこを含めて、この問題をどう捉えるべきか。——ということで少しおさらいしてみた。
それにしてもここ数年、俺は真面目に探偵小説を読んでないんだよなあ。色んな記憶も曖昧になってきた。探偵小説について書いた学生時代のメモも沢山あるのだが、情けないことに、読み返しても理解できないものが多い。当時は拙いながらも実作していたから、アンテナや思考の感度が鋭敏だったんだろうなあ。
運動日記
スポーツ・ジム 26回目。最近はちとサボり気味。
- ランニング 5 km (累計 131 km)
- 体脂肪率 15.6%
明日から 1週間、お盆休みでジムは閉館。