- 『幾何学基礎論』ダフィット・ヒルベルト

2006/10/07/Sat.『幾何学基礎論』ダフィット・ヒルベルト

中村幸四郎・訳。原題は "Grundlagen der Geometrie"。

公理論的方法を展開していたヒルベルトが、その手法をユークリッド幾何学に適用し、厳格な数学的基礎を与えたのが本書である。公理主義を俺の勝手な解釈でまとめるならば、

となる。幾何学では古くから行われていた方法だが、実は算術などでは生成的に系が発展した歴史が長い。幾何学のような形式的公理主義を、あらゆる数学分野に適応しようと試みたことにヒルベルトの功績がある。

さて、公理には次の 3つの性質が要求される。

  1. 独立性:ある公理は別の公理から証明できない。
  2. 無矛盾:公理は互いに矛盾しない。
  3. 完全性

問題は「完全性」である。これには色々な解釈があるらしいが、訳者の筆による解説によれば、「構成元素の集合が与えられた公理を全部成立せしめる限りでは、もはやこれ以上拡大不可能なることを意味する」。とにかくヒルベルトは、全ての数学にこのような公理群を与え、完全なる数学的基礎を築き上げようとした。この思想については、併録されている『数の概念について』『公理論的思惟』で触れることができる。

この公理主義に基づいたのが、有名なヒルベルト・プログラムである。皮肉なことに、このプログラムから、ゲーデルの「不完全性定理」が現れ、ヒルベルト・プログラム自体を粉砕してしまうことになるのだが。

公理において重要なもう一つの事柄は、それが単なる記号の論理的な結びつきでしかない、ということだ。例えば幾何学において、点、線、面という要素がある。しかしこれは現実の点、線、面とは異なる。幾何学の点は面積を持たず、線には幅がなく、面には厚みがない。しからば、幾何学の点、線、面は「理想的な」点、線、面であるのか?

違う、というのがヒルベルトの考え方だ。それはあくまで記号であって、別に点とか線という名称で呼ぶ必要はない。点、線、面を、「テーブル、椅子、ビールコップ」と呼んだところで、幾何学が成立しなくなるわけではないからだ。点とか線とかは、恣意的に付けられた名前でしかない。本質的なのは、定義された記号の性質と、その論理的な結びつきだけである。これはもはや抽象数学、いや、記号論の世界だ。事実、この後のヒルベルトはその分野の研究を進めることになる。

本書は幾何学の本ではあるが、それは公理の一つの現れ方に過ぎないともいえる。本書の中で証明される多数の定理を理解できなくとも、そのような思考法に触れるだけで意味があると思う。