- 転写因子の特異性と調節因子の非特異性

2012/09/21/Fri.転写因子の特異性と調節因子の非特異性

京都では心筋の転写因子について研究した。留学先では骨格筋の転写因子を研究する予定である。それぞれの転写因子群は全く異なるが、それらと協働する転写調節因子群(cofactor; DNA には直接結合しないが転写因子と結合してその活性を調節する)の機構には驚くほどの共通性がある。

……のだが、実のところ俺は全く知らなかった。言い訳をすれば、ラボ内でも学会でも論文でも、この事実を指摘した人はいなかった。俺を含め誰も興味を持っていないことがよくわかる。気付いている人はいたのかもしれない。が、特に縦割りの世界において、この共通性を生かした建設的な提案をすることは難しい。むしろ分子機構の共通性は、非特異的な副作用をもたらすものとして考えられる。このような視点は良くも悪くも医学部的である。医者でない俺にとっては得難いものだが、染まり過ぎるのはよろしくない。

今週は、心筋および骨格筋転写因子の翻訳後修飾の共通性と、細胞反応の相違について調べた。転写因子の多くが(脱)修飾を受けることはよく知られているが、修飾の分子機構、修飾による機能変化、修飾が生じる発生学的および病態生理学的条件、そして修飾を変化させる薬剤の効果に至るまで詳細に報告されているのは、ごく一部の major な転写因子についてのみである。それでも文献を読み進めていくと色々なことがわかる。

例えば、心筋転写因子 GATA4 と骨格筋転写因子 MyoD はともに p300 によってアセチル化=活性化される。その分子機構は非常によく似ている。一方、GATA4 は embryonic な条件で一時的にアセチル化されるのに対し、MyoD は最終分化した骨格筋で恒常的にアセチル化されている。また、GATA4 のアセチル化は細胞分裂を促進するが、MyoD のアセチル化は細胞周期を停止させる。

こんな簡単な例からでも、転写因子の修飾機構、修飾条件、修飾がもたらす細胞反応、これらはそれぞれ異なる位相の問題であることがわかる。これが今週最大の収穫である。なぜなら、GATA4 なら GATA4 という具合に研究をしていると、一連の流れは必然的なものだと疑いもなく錯覚してしまうからである。GATA4 と MyoD を比較すれば、それが幻想であることは一目瞭然なのだが、上述のように普段はそんなことをしない。

ここで考えねばならぬのは、転写調節因子が非特異的であり(例えば p300 は ubiquitous に発現し、数百種の因子と結合できる)、転写因子が特異的であることの意味である。これは「由来が "同じ" はずなのに異なる細胞へと分化する件」とも関係がある。「同じ」ことを転写調節因子が担保し(これらの多くはクロマチン修飾因子でもある)、「異なる」ことを転写因子が実現する、と考えることもできる。

俺の妄想はともかく、既報の知見をまとめたものには多少の価値があろうと思い、幾つかのアイデアを添えた簡単なレポートを書いて留学先のボスに送った。心筋と骨格筋の違いはあれど、俺が研究してきたことはお前の研究にも役立つかもだぜ、というアピールの狙いもある。読んでくれるか怪しいものだが。と思っていたら、「この比較は面白い、きちんとまとめたら review になるかもね」という感想とともにコメントが返ってきた。

研究ってやっぱり楽しいよな。