- 『テンダーワールド』藤木稟

2004/06/29/Tue.『テンダーワールド』藤木稟

「ゴスペル」シリーズ第2作。

「ゴスペル・シリーズ」などと勝手に書いたが、そう銘打たれているわけではない。本作と緩やかな関係を持つ作品として、『イツロベ』という小説が既に発表されているため、便宜的にそう書いた。

「探偵・朱雀十五」シリーズが、藤木稟との出会いだった。初めは「京極夏彦の亜流か」と思っていたのだが、どうもそうではない。鎌倉時代の陰陽師・鬼一法眼のシリーズで評価を変えた。それまでは「(良い意味で) 不細工な小説を書く人だなあ」と思っていたのだが、要するに、探偵小説という枠は、この人の物語世界には狭過ぎるのである。窮屈であるゆえに、不器用に見えていたのだ。

その藤木が、あらゆる制約を解いて書いたのが『イツロベ』であったように思う。これで化けた。探偵小説や伝奇小説というものは、もはや単なる足枷でしかないのではと思えるほどの飛びっぷり。久々に、物語に翻弄されるという経験を味わった。

トリップ・ノベル

その『イツロベ』の続編ともいうべき作品が『テンダーワールド』である。ときは近未来、のようなのだが、微妙に現実世界と位相がずれている。パラレルワールドとでも言うべきか。この世界には、非同期式量子コンピュータ「タブレット」なるものが存在する。携帯端末のようなものだ。人々は、タブレットからネットワークに接続し、生活上のあらゆる活動を行う。

タブレット・ネットワークを管理する側とされる側は、はっきりと別れ、それはすなわち貧富の差でもある。そのようなアメリカ社会で、奇妙な事件が発生する。捜査するのは FBI のカトラーとオカザキ。この二人、非常にユニークなキャラクターで、彼等の活躍を見るだけでも、本書は読むに値する。

捜査が進むにつれ、あるカルト集団が事件に関わっていることがわかってくる。その向こうには、ネットワークを管理する情報省が見え隠れしている。大勢の人間が関わる複雑な事件をひも解きながら、いつしか二人は、タブレット・ネットワークが支配するこの世界に疑問を抱く。

……などと紹介すると、何やら普通のサイバー・パンク小説のようだな。何が凄いのかというのは、実際に読んでもらうしかない。とてもじゃないが説明できない。人を選ぶ小説であるのは確かだが、ハマればトリップできること請け合い。興味があれば、まずは『イツロベ』から読んで頂きたい。