- Book Review 2013/01

2013/01/20/Sun.

六角形は自然界の至る所に出現する。ハチの巣、グラフェン、土星の北極、そして雪の結晶。六角形は、円と三角形という最も基本的な幾何学的構造から成る。したがって、その自然現象への顕れは蓋然性の高いことだと直感的には思うものの……、正確な理由を述べることは困難を伴う。

本書は、筆者の研究成果を中心とした、雪の結晶の研究史である。

雪の結晶は幾つかの種類に分類される。六角形を基本とした、針状、柱状、板状、中身が刳り貫かれたような骸晶、そして扇形から発展して、一般的な雪の結晶のイメージを担う樹枝状などなど。筆者の小林と、その師・中谷宇吉郎による人工雪の詳細な実験と観察から、結晶の形状は、水蒸気の温度と密度で決まることが明らかにされる。

次に問題となるのは、雪が六角形に成長するメカニズムである。小林は、結晶学的なアプローチでこの謎に挑む。結晶の原子配置を文章で説明するのは至難であるが、本書では豊富な図版を駆使して、平易で明快な説明がなされている。意外だったのが、平面的で美しい樹枝状の結晶は、雪の中でもごく一部だという指摘である。結晶の多くは立体的で、一見不規則に思える形状のものも存在する。しかし、やはりそれぞれの形にも意味があり、大変興味深い。

(雪の結晶は明らかにフラクタル的な特徴を持つが、本書ではフラクタルに関する記述はない。その点には不満が残る)

本書は、雪の結晶に魅入られた人たちの物語でもある。結晶の顕微鏡写真を初めて撮影したウィルソン・A・ベントレー Wilson A. Bentley は、数々の美しい写真と、幾つかの独創的な論文を発表したが、当時の科学者からはほとんど認められなかった。中谷は、戦前の日本で、超低温室に籠もりながらの過酷な実験を遂行した。そして小林は、海外でも研究を進め、雪の結晶学を現代的なものへと前進させた。

本書のもう一つの魅力は、結晶の写真と並んで収録された、先人たちによるユニークなスケッチである。ケプラー、デカルト、フック、土井利位らの貴重な図版を眺め、歴史に想いを馳せるのもまた楽しい。

私は、滅多に雪が降らぬ関西で生まれ育った。年に数度の雪も、温暖な地方では牡丹雪となり、六角形の結晶を見ることは難しい。残念なことである……と思っていたが、留学先の気候は寒冷なので、来冬には美しい結晶に出会えるかもしれない。楽しみなことである。

2013/01/17/Thu.

楡井浩一・訳。原題は "Collapse: How Societies Choose to Fail or Succeed"

著者の『銃・病原菌・鉄』では、文明が発達する要因が論じられたが、本書では共同体が崩壊する原因について考察される。

ここでいう崩壊とは、相当広い区域内での居住人口の、及び政治的・経済的・社会的複雑性の、あるいはどちらか一方の長期にわたる激しい凋落を意味する。

[略]

想定されるすべての崩壊について理解を深めるため、潜在的な要因を五つの枠組みにまとめてみた。そのうち四つ——環境被害、気候変動、近隣の敵対集団、友好的な取引相手——は、個々の社会によって重要性が高かったり低かったりする。五つ目——環境問題への社会への対応——は、どの社会においても重大な要素となる。

(プロローグ「ふたつの農場の物語」)

本書では、崩壊した、あるいは崩壊しなかった数々の社会について、上の五つの枠組みから考察される。既に存在しない共同体については、考古学を中心とする様々な研究成果を総合して過去を復元し、現在問題に立ち向かっている社会については、ジャーナリスティックな視点で現状を活写する。

実例として分析されるのは、現代の米国モンタナ州、イースター島、ピトケアン諸島、新大陸の先住民アナサジ族、マヤ、ヴァイキングが入植した北大西洋諸島とアイスランドおよびグリーンランド、ニューギニア高地、ティコピア島、江戸時代の日本、ルワンダ、イスパニョーラ島を共有するハイチとドミニカ共和国、中国、オーストラリアと多岐に渡る。

個々の社会は異なった条件下に存在するので、崩壊の危機に至る原因もまた一様ではない。例えば、地力に乏しいアイスランドでは、森林の伐採が連鎖的な環境破壊の致命的な一打となる。環境の劣化は急速に進行する一方、回復には長い年月と厳格な管理、膨大な努力が必要となる。逆に、日本列島のような植生の復元力が強い地域では、適切な対策さえ行えば決定的な破綻は免れる。

また、環境被害に限らず、上に挙げた五つの枠組みはそれぞれ連動しており、社会を崩壊させる単一の要因や、それぞれの深刻度を求めることは不可能である。したがって、いかにして社会の危機を察知するか、どのような対策を講ずるかは極めて複雑な問題となる。まさにその点に、過去の歴史に学ぶ意義があり、本書の価値がある。

どの社会も、崩壊を望んで活動しているわけではない。しかし、崩壊の兆しが誰の目にも明らかな状態であっても、それを打開する行動はしばしば採用されない。理由は様々である。権力構造、生活習慣への固執、構成員の利害関係、教育・技術・資本の不足。貧しい人たちは、子孫に美林を残す重要性を知りつつ、明日の食料を得るために樹を切ってしまう。

現代世界が過去の社会たちと大きく異なるのは、globalization、すなわち、今やどの国も他の全ての国と何らかの関わりを持っているという事実である。五つの枠組みの二つ——近隣の敵対集団と友好的な取引相手——と無縁な共同体は、もはや地球上には存在しない。地球の裏側で破壊された環境の影響は、多かれ少なかれ我々に到達する。

この事実を肌身で実感するのは難しい。しかし本書を一読すれば、環境問題が、まさに私の、そして全球的な問題であることを理解できるだろう。