- 肥満と脂肪

肥満と脂肪組織

肥満 (obesity) の原因は脂肪組織 (adipose tissue) の肥大にある。脂肪組織は脂肪細胞 (adipocyto) からなる。脂肪組織が大きくなるというのは、脂肪細胞の数が増えるケースと、一つ一つの脂肪細胞が肥大するケースがある。また、一口に脂肪組織というが、皮下脂肪 (subcutaneous fat) と内臓脂肪 (abdominal fat) の 2種類に大別される。内臓脂肪は主に腸間膜に沈着する。

女性の身体が丸くて柔らかいのは、男性に比べて皮下脂肪が豊富にあるから、ということはよく知られている。一方、腹だけがやけに膨れるという、いわゆる「中年太り」は、内臓脂肪の沈着が進行している場合が多い。このように、肥満は決して一義的な症状ではない。であるから、「誰でも痩せられるダイエット」というものも存在しない。ダイエット産業や、若い女性によく見られるファッションとしてのダイエットを否定するつもりはないが、真剣に悩んでいて本気で痩せたいと願っているならば、病院に行った方が良い。

肥満の環境要因と遺伝的要因

肥満自体は決して病気ではない。寒冷地に生息する動物、例えばシロクマやアザラシがあれだけ大きいのは、大量の皮下脂肪を蓄えているからであり、そこには「熱源と栄養源を体内に確保する」という立派な理由がある。肥満は後天的な環境要因(過食、運動不足など)によって発症すると思われがちだが、遺伝的要因も無視できない。仮に、極地で「痩せたアザラシ」が生まれたとしても、その個体は生き残れないだろう。そのためアザラシは、皮下脂肪をせっせと蓄えるような遺伝的プログラムを恐らく持っている。アザラシを動物園に連れてきても痩せないしな。彼らは太るべくして太っている。つまり「太る家系」であるわけだ。それが遺伝的ということ。

したがって、「太っている人間は自己管理ができていない」というアメリカ式の人物評価は、そこはかとない危険性を孕んでいる。遺伝子差別である可能性は絶無ではない。「痩せられない人間」は遺伝学的に存在する。人の上に立つ方は覚えておかれると良いだろう。

肥満と成人病

「肥満自体は決して病気ではない」と書いた。肥満は、高脂血症 (hyperlipidemia)、高インスリン血症 (hyperinsulinemia)、高血圧 (hypertension) などのリスクファクターではある。が、肥満の人間全てがこれらの症状を呈するわけではない。発症しない限り、肥満は潜在的なリスクファクターでしかない。

重要なのは、肥満によって惹起される高血圧などが、糖尿病 (diabetes) や動脈硬化 (arteriosclerosis)、梗塞 (infarction) といった、より凶悪な疾患のリスクファクターでもある点だ。すなわち、肥満を抑制できれば、これらの重篤疾病を未然に予防できる可能性が高い。

現在、成人日本人の 1/4 が成人病(生活習慣病)およびその予備軍とみなされている。成人病は根治が難しく、治療費も高額である。肥満を抑制できれば相当の医療費を削減できるという試算もあり、近年、各国で肥満 = 脂肪細胞の研究が盛んに行われている。

脂肪細胞特異的な遺伝子群

ヒトゲノムが解読された後、各組織細胞における発現プロファイルの比較が行われた。全ての細胞は同一のゲノムを持っているが、同じように遺伝子を発現しているわけではない。筋肉でしか発現しない遺伝子(組織特異的)もあれば、細胞分裂の一時期にしか発現しない遺伝子(時期特異的)もある。例えば、他の細胞と比較して筋肉でしか発現していない遺伝子があれば、それは「筋肉を作るための遺伝子」「細胞が筋肉として働くための遺伝子」である、と推測できる。これらの遺伝子群の重要性は言うまでもない。

で、脂肪細胞 (adipocyto) 特異的な遺伝子群の解析も行われたのだが、その結果、脂肪細胞は多数の分泌タンパク (cytokine) を発現する生体最大の内分泌器官である可能性が示唆された。それまで、脂肪細胞の機能は「脂肪を溜め込む」以外にハッキリしておらず、細胞生物学的な報告もほとんどないという状況であった。

これまでにも、肥満と各種疾病の強い相関関係はよく知られていたが、その分子的基盤は全くわかっていなかった。そこで、にわかに脂肪細胞が分泌するタンパク質 (adipocytokine) に注目が集まったというわけ。現在、肥満性疾患の多くは「脂肪細胞由来の adipocytokine による炎症」というふうに認識が改まりつつある。