- 癌

癌 (cancer) とは、何らかの原因で変異した細胞が、周囲の細胞を犠牲にして増殖し、最終的には個体の細胞社会を破壊する病気である。癌細胞は、次の二つ性質によって定義される。

  1. 正常な抑制を無視して増殖する。
  2. 他の細胞からなる領域に侵入し、そこを占拠する。

1. の条件を満たす細胞塊を腫瘍 (neoplasm) という。腫瘍が一つの塊である限り、それは良性 (benign) といわれ、外科的な除去により通常は完治する。腫瘍が 2. の条件をも満たしたとき、それは悪性 (malignant) といわれ、癌とみなされる。癌は、浸潤する(血流やリンパ管に入り、体内の他の場所に 2次腫瘍を形成する)がために、致命的な症状を引き起こす。これを転移 (metastasis) という。

癌は、由来する組織や細胞の種類によって分類される。例えば、上皮細胞由来の癌腫 (carcinoma)、結合組織や筋細胞由来の肉腫 (sarcoma)、造血細胞由来の白血病 (leukemia) などがある。ヒトの癌の 90% は癌腫である。上皮細胞は分裂回数が多く、発癌性物質にさらされやすいのが理由と考えられる。

腫瘍の進行

転移している場合でも、癌は普通、その起源を 1個の原発腫瘍 (primary tumor) に求めることができる。つまり癌は、遺伝的に変化した 1個の細胞から分裂・増殖することによって形成される。発癌 (carcinogenesis) は変異の一種であるから、癌原 (carcinogen) は変異原 (mutagen) でもある。従って、化学物質、放射線、ウイルスなど、変異原性のあるものの多くは、癌を引き起こす。

しかし癌は、単一の変異によってのみ生じる場合は少ない。癌の発生は、累積効果のある幾つかの独立した事象が一つの細胞内で発生した結果による。癌の発生率と年齢には強い正の相関関係があるという疫学的な研究結果も、この仮説を支持する。その過程で、非変異原性の物質が関わることもある。腫瘍の進行 (tumor progression) は様々な癌で確認されている。例えば、原子爆弾の投下による白血病の発生率は、8年後にピークに達した。

変異した細胞が成熟した癌細胞集団に成長する過程は、進化のそれと似ている。その速度を規定するのは以下のパラメータである。

  1. 変異率
  2. 個体数(細胞数)
  3. 繁殖率
  4. 変異個体の正存における有利さ = 変異個体の繁殖率 / 正常個体の繁殖率

遺伝子を損傷させ、発癌率を大幅に上昇させる物質を発癌イニシエーター (tumor initiator) という。さらに、発癌イニシエーターによって遺伝的に異常をきたした細胞は、発癌プロモーター (tumor promoter) にさらされることによって、癌に誘導される。発癌プロモーター自体には変異原性はない。プロモーターの直接の効果は、細胞分裂を促進する、または最終分化に至るべき細胞に分裂を続けさせることである。

癌の発生率は変異の頻度に依存する。従って、癌細胞に起きた変異は、DNA の複製、組換え、修復、修飾に関するものである場合が多い。これらの遺伝子が異常であると、副次的にさらなる変異が起こりやすくなるからである。実際、癌細胞では遺伝子の増幅・消失、染色体の消失・倍加・転座が起こる。また、核型も不安定である場合が多い。