- 学位審査

2011/01/17/Mon.学位審査

阪神淡路大震災から十六年。黙祷。

先週は帰省していて、遅ればせながら正月気分を味わってきた。

五日。学位審査を終える。主査の先生に恵まれ、質疑にも楽しんで応じることができた。討議の後、合格を告げられる。安堵を覚えたのは自分でも意外だった。やはり随分と緊張していたのだろう。

翌日。捺印を貰うために主査の先生を伺ったら、まあ座りなさいと促され、そこから science についての熱い話を小一時間に渡って拝聴することとなった。俺が MD でないこと、以後も研究を続けることを聞いて、色々と話しておきたいと思ったのだという。有り難いことである。

主査の先生は MD だが、ずっと基礎研究をやっていて、PhD のような人生を送ってきたのだという。Scientist として、これからどのように自分の仕事や人生を design していくかという話を、目の前で、一対一でして頂いた。夢想だにしなかった、大学院での最後の講義となった。帰り際には「何かあったらいつでも来なさい」とまで言って下さる。学位審査まで一面識もなかった学生に対して、lip service にしても過ぎた言葉だろう。立派というか変わっているというか、面白い方であった。

このような形で大学院を終えられるのは、幸せなことだと思う。

その日の夜は、ボス主催の新年会に出席した。しかしボスは、体調が優れぬといって早々と帰宅。彼の身体が定期的に不調をきたす原因は、主に神経性——すなわち諸々の心配事——である。秘書女史に聞くと、案の定、ボスの頭は来年度の研究費のことでいっぱいらしい。彼の苦悩は察するに余りある。

そんな自分も四月にはもういない。残る誰かがボスを気遣ってやってくれよと切に願うのだが、一番の上座で飲み食いしているテクニシャン君(何故そこに座っているのか全く理解できない)などを見ると、絶望的な気持ちになる。新任地に赴いても、ボスにはそれなりの頻度でメールを送ろうと決めた。

春からは大阪の研究所に務める。詳細は追って各位に御報告するつもりだが、研究もサイトの更新も続けるので、ネットの向こう側から見れば大きな変化はないかもしれない。四月には shuraba.com も九周年を迎える。よく続いているものだ。

今日は学位論文と最後の書類を事務に提出し、こちらで行うべき全ての手続きを終えた。三月には学位を取得できるはずである。めでたいとは思わない。この世界において、ようやく人間になれたというだけのことである。