- 『ワインバーグ がんの生物学』

2010/08/03/Tue.『ワインバーグ がんの生物学』

癌の勉強をしようと思い、良い教科書はないかと名無しの探偵氏に尋ねたところ、『ワインバーグ がんの生物学』を奨められた。原著と迷ったが、全くの畑違いなので翻訳版を択んで買ってきた。

循環器科では癌に触れることがない。心臓に癌はできない。血管内皮腫というのもあるが、どの科で扱っているのか知らぬ(そもそも稀である)。白血病などは血球の癌だが、これは血液内科の領分である。したがって癌について学習する機会はなく、話題にも上らない。心筋細胞に至っては、細胞周期の概念すら不要である。求められないから勉強もしていない。素人というよりは無知に近い。

幹細胞(特に ES/iPS 細胞)は癌細胞と密接な関係があり、この点においてのみ個人的な接点がある。iPS 細胞の作成方法、すなわち体細胞の reprogramming とは、一言でいえば癌化である。癌遺伝子を導入したり、癌抑制遺伝子を knockdown すると reprogramming 効率は高まる。また、ES/iPS 細胞は無限に増殖する。これも癌細胞と似た特質である。形態も似ている。

余談だが、細胞の形態がどのように決まるかというのは大きな謎である。その形態を実現するための mechanism があるのか、あるいは遺伝子の発現によって自動的に形態が決まるのか。例えば神経軸索にグルグルと巻き付いている oligodendrocyte、あれはいったいどうなっているのか。興味は尽きない。

『がんの生物学』は第二章から順番に読み始めている(第一章は生物学の基本なので飛ばした)。癌の大部分は上皮細胞由来である、基底膜を突き破って間質に浸潤したものを悪性腫瘍と呼ぶ、などと基礎の基礎から学んでいる。心臓には上皮細胞がないので、こんな常識的な事実すら目に新しい。

この本は大部でありながら一人の著者によって書かれており、翻訳とはいえ、何となく文章にコクがある。大変面白い。良い本を紹介してもらった。