- 何を今更、というほどに理解しているのか

2007/05/13/Sun.何を今更、というほどに理解しているのか

今日が母の日であったことをうっかりと忘れていた T です。こんばんは。

研究日記

大学 → 病院 → 大学。

大学では隔週で心筋細胞の培養をしており、培養の週は毎日、2つの施設を行ったり来たりすることになる。週末にはいい加減に疲れてくるが、病院は病院で細胞を培養しているので、土日もメンテナンスをしなければならぬ。隙を見て平日に休みを頂いているが、それも月に 2、3日。バリバリのビジネスマンよりは、まだマシか。不満はない。ただ、様々な事柄を犠牲にしているのは確かである。自分のことが犠牲になるのは構わないが、私の多忙に他人を巻き込んでしまうのは心が痛む。お前は身勝手だ、と断罪されても反論できない。その通りである。私は好き放題にやっている。誰にも理解されないだろう。

私が飯屋のババアの「毎週ご苦労様」という言葉に癒されるのは、彼女が私のことを何一つ理解していないからである。その上での好意だからだ。そのような形の好意を、果たして私は発揮できるだろうか。多分、無理である。私は理解しようとしてしまうだろう。また、相手に理解を求めてしまうだろう。それが悪いこととは思わぬが、そうではない形で成立するものもある、ということである。

何を今更、という気がしないでもない。ちょっとした五月病か。