- 偽善と偽悪

2004/06/05/Sat.偽善と偽悪

ある人からは「偽善家」と呼ばれ、また別の人には「偽悪家」と呼ばれる T です。こんばんは。

「偽善」と「偽悪」、二つの一見矛盾した評価が、同時かつ別々に下される対象とは、一体どういう性質を持つのであろうか? と、すぐさま自分を棚上げし、一般論に逃げ込むのは俺の悪い癖である。とはいえ、直す気は毛頭ない。このまま話を続ける。で、ヒマ潰しに考えてみた。

  1. 「偽善」は「悪」である。
  2. 「偽悪」は「『悪』のフリをすること」である。
  3. よって、「『偽善』のフリをすること」は「偽悪」である。

このロジックに従うと、俺が「偽善家のフリをしている」のであれば、「フリ」を見抜けない人からは「偽善家」と呼ばれ、「フリ」を見抜いた人からは「偽悪家」と呼ばれるということになる。両方の評価を得ることが可能だ。

逆に言えば、両方の評価を得た時点で、本質的に「偽悪家」であることが確定している。ま、「実は偽悪のフリをしている」という可能性も残されてはいるが。しかし、そんなことを言い始めるとキリがない。言葉遊びは、ほどほどのところで止めておくのが良い。

……偽善にせよ偽悪にせよ、「偽る」時点で「悪」に違いないわな。