- 『もっとも美しい数学 ゲーム理論』トム・ジーグフリード

2011/04/10/Sun.『もっとも美しい数学 ゲーム理論』トム・ジーグフリード

冨永星・訳。原題は "A Beautiful Math"、副題に 'John Nash, Game Theory, and the Modern Quest for a Code of Nature' とある。

本書では近年のゲーム理論の展開が俯瞰されている。今やゲーム理論は、ナッシュ均衡のようなある意味では naive なモデルを遙かに越え、ネットワーク理論、統計力学、確率論、量子力学と融合し、その適用範囲も経済学から神経科学、進化論、文化人類学へと広がっている。

ゲーム理論を、我々のような自由意志を持つ(とされる)個体の群れに適応しようとすると、どうも感情的な反論が起こるらしい。しかし我々の選択は、常に周囲の環境や別の個体の選択に影響を受けている(同時に与えてもいる)。我々はそれぞれの文化を規範としているし、充分な時間や情報がない状況で判断を求められることもある。選択肢はたくさんあるといっても、「採り得るであろう」選択は自ずと限られてくるのが実情である。

そもそも、最近のゲーム理論が明らかにしようとしているのは、様々な個体が相互作用する系における、「系全体の振る舞い」なのであって、各個体の動向ではない。熱力学では、個々の気体分子の動きが具体的にわからなくとも、気体の振る舞いを精確に知ることができる。それと同じことである。

ただ、人間の集団や、神経細胞の回路、WWW のネットワークの諸要素は、気体分子のように一様ではない。政治的影響力のある者がいたり、Google のように莫大な被リンクを集めるサイトが存在する。ネットワーク理論——グラフ理論——では、このような結節点を持つような cluster を含むネットワークの動態が研究され、ゲーム理論にも応用されている。

また、量子力学とゲーム理論との結合も興味深い。もっともこれは、量子コンピュータの応用例であるようにも読める。では実際に、量子ゲーム理論的な判断がなされている現象は存在するのだろうか。

イギリスのハル大学のアザール・イクバルは、量子もつれが分子の相互作用に影響を及ぼし、そのような影響なしにはありえないような(ある生態系における生命体の進化論的に安定した戦略に相当する)安定した混合状態をもたらす、と主張している。ある数の分子が、少数の新たな分子の「侵入」(進化生物学における突然変異に相当する)に「持ちこたえられるか」どうかは、量子もつれという「戦略」によって決まるようだ、というのである。

(第十章「デイヴィッド・マイヤーの「コイン」」)

[論文は http://arxiv.org/abs/quant-ph/0508152 から閲覧できる]

「この説の真偽はまだまだ判定できないが」と著者がいうように、上記のような説はまだまだ疑わしい。しかしいずれ、このようなアプローチが必要になってくる可能性はあるだろう。