- 『その数学が戦略を決める』イアン・エアーズ

2011/04/09/Sat.『その数学が戦略を決める』イアン・エアーズ

山形浩生・訳。ヒドい邦題だが、原題は "Super Crunchers"。副題に 'Why thinking-by-numbers is the new way to be smart' とあるように、非常に啓蒙色の強い内容である。

主に無作為抽出テストと統計回帰分析を駆使した「絶対計算」(super crunching)による予測が、もはや専門家の能力を上回り、世界中のありとあらゆる分野において実際に使われている——というテーマである。

専門家の予測が統計的な予測より明らかに精度が高いという結果が出たのは、一三六件のうちたった八件。あとの研究は、統計的な予測が専門家の予測を「明らかに上回った」ものと、両者に明白な差が出なかったもので半々となっていた。全体として、白か黒かの予測をしろと言われたら、こうしてきわめて多様な分野の専門家たちは、だいだい三分の二くらいの確率(六六・五パーセント)で当てた。だが絶対計算者たちは、四分の三近い正解率(七三・二パーセント)だった。専門家が勝った八つの研究は、特定の問題領域には固まっていなかったし、何ら共通の特徴を持っていなかった。

(第5章「専門家 VS. 絶対計算」)

病気の診断ですら、医師の判断よりも統計的な予測の方が高精度であるという現実において、我々(特に、研究に携わる私のような者!)は何をすべきなのだろうか。

一言でいえば、仮説立案だ。人間に残された一番重要なことは、頭や直感を使って統計分析にどの変数を入れる/入れるべきではないか推測することだ。統計回帰分析は、それぞれの要因につける重みは教えてくれる(そしてその重みの予測精度も教えてくれる)。だが人間は、何が何を引き起こすかについての仮説を生み出すのにどうしても必要なのだ。

(第5章「専門家 VS. 絶対計算」)

ところで、本書が意図的に触れていない(と思われる)点がある。回帰分析は、実験なり観察なりの結果として顕現した事象を説明する数式を与えるが、その式の原理的な妥当性や、「なぜ」そのような式で現象が予測できるかについては無言である。予測精度が高いことと、機構が解明されているか否かは、回帰分析においては本質的に無関係である。

もう一つ、回帰分析以前の話だが、例えば、私と同様の遺伝的背景および生活習慣を持つ人間が百人いたとして、その内二十人が発癌するという統計的事実は、私が二十パーセントの確率で発癌するという予測を即座に導くわけではない。前者は頻度であり、後者は確率である。本書ではこの点が混同されているようにも感じる。

統計解析が予測するのは系全体の帰結であって、個々の要素の行く末ではない。このことについては、次の書評でも触れたい。