- 『眞説 光クラブ事件』保阪正康

2010/06/05/Sat.『眞説 光クラブ事件』保阪正康

副題に「戦後金融犯罪の真実と闇」とある。

終戦後、都市部には闇金融が跋扈しており、「東京国税局管内にしぼればヤミ金融業者は大小合わせ三千に及ぶといわれた」(「第四章 ヤミ金融帝王の錯覚」)。

その中で、現役東大生・山崎晃嗣が社長を務める「光クラブ」は異彩を放っていた。銀座に事務所を構え、闇金融でありながら華麗でスマートな宣伝を打ち、社員もまた大学生であった「日本唯一金融株式会社」の「光クラブ」は、山崎が東大生であるという信用も手伝って、急速に業績を伸ばした。

しかしやがて、経済の安定を目指す関係各局に目を付けられ、山崎は物価統制令違反の容疑で逮捕される。不起訴で釈放されたものの、山崎の拘留によって「光クラブ」内部は崩壊に瀕し、資金繰りに行き詰まるようになる。数ヶ月後の一九四九年十一月二十五日、山崎は青酸カリを服して自殺した。二十七歳。

生前、そして死後と、山崎の在り方は世上を賑わした。それは彼の特異な哲学に依るところが大きい。それは「合意は守らなければならない」という信念であり、飽くなき合理主義への希求である。実際山崎は、日々の生活を図表化し、また「数量刑法学」という、いささか奇妙な学問の創設に腐心する。複数人の女性と交際し、その性行為までをも克明に記録する。「合意を守るために」暴力団を利用して債権を取り立てる。

奇行といって良いこれらの行為を、山崎は意識的・偽悪的に「演じた」。これら諸々によって山崎は、一般的に「アプレゲール」と理解されることになるのだが、本当にそうなのか、その奥底には何があったのか、と問うているのが本書である。

山崎の家庭環境や、彼が味わった挫折など、様々な事柄が克明な取材によって明らかにされている。中でも、戦時中の体験が戦後の山崎の生き方を決定した、と保阪は指摘する。

山崎は学徒動員によって、わずかな期間であるが軍隊に在籍した。そこで起こった二つの事件、「同級生殺人事件」「物資横領横流し事件」は、山崎に大きな心理的影響を与えたと思しい。ある意味では饒舌であった山崎が、戦時中の体験については何も語っていない(もっとも山崎は、重要な事柄については言葉を残さない型の人間ではあるが)。

山崎の在り方に戦争の影響を見た(と思われる)人物が一人いる。三島由紀夫である。山崎と同時期に、同じ法学部に在籍していた三島は、——証拠こそないが——山崎と親交があったとしか思えない作品『青の時代』を著している。

『青の時代』の主人公のモデルが山崎であったことは知られている。評価の高い作品とはいえないが、山崎の人生を丹念に追っていくと、『青の時代』には、山崎が他人には決して話さなかった内容までもが盛り込まれていることがわかる。

その意味で本書は、戦争が一人の若者に及ぼした影響を読み解くとともに、『青の時代』の副読本としても役立つ一冊であろう。