- 『大学医学部』保阪正康

2008/10/15/Wed.『大学医学部』保阪正康

副題に「命をあずかる巨大組織の内幕」とある。

単行本の発行が 1981年という古い本である。今は絶版かもしれない。したがって、当時の医療・医学状況は現在のものと異なる。1970年頃まで、日本の医者の数 (10万人あたり約120人) は先進諸国と比べて少なく、また地域医療の偏在という問題を抱えていた。これらの問題を解消するため、厚生労働省・文部科学省によって「一県一医大」構想 (1970年) がブチ上げられ、それから 10年余の間に、大学医学部・医科大学は 50校から 80校に、一年度に入学する医学部生は 4350人から 8120人に激増した。それで大丈夫なの? という問題意識が本書の通底している。

実際、新設私立医科大学では裏口入学が横行し、世間の耳目を引いていた。そこで著者は新設私立医科大学を中心に取材を進めるのだが、その過程で、旧態依然とした医学界の構造に直面する。医学界は GHQ による戦後の抜本的な制度改革を免れた分野の一つである。GHQ の改革が何でも良いというわけではないが、少なくとも革新の機会がなかったことは間違いないだろう。

非常に単純な図を描くならば、医学界には、大学病院を中心とする研究至上主義の医学者集団と、開業医を中心とする臨床医の集団があり、前者が後者を見下している構造があると著者は指摘する。前者の頂点に君臨し、全国の大学医学部 (新設を除く) の典型例でもあるのが東京大学医学部である。著者は、主に東大医学部の医局 (= 教授が主催する教室) の歴史と実態について詳しくレポートする。

一方、開業医は保険診療制度の下で経済的な利益を上げている。この既得権を (しばしば出来の悪い) 子弟に相続させたい開業医の思惑が、医科大学の新設ラッシュを後押しした。開業医は大金を注ぎ込み、これら私立医科大学に子弟を入学させる。そんな彼らが医者になるまでには様々な問題が噴出する。医者とは何か。医学教育とは何か。著者は医学部のカリキュラムの変遷などを通じて、これらの問題を明らかにしようとする。

——というわけだが、医学・医療の状況は目まぐるしく変遷しており、現況とは異なる部分もたくさんある (時事的な書物だから当たり前だが)。しかし、興味のある人にとっては、現在に至る歴史過程を示した良質の資料として読むことができるだろう。