- 『昭和史発掘 4』松本清張

2008/10/03/Fri.『昭和史発掘 4』松本清張

松本清張『昭和史発掘 3』の続き。本巻の内容は以下の通り。

いよいよ世相は渾沌としてきて、膨大な人物がそれぞれの陣営に登場しては盛んに動き出す。とても要約することなど能わぬ。

今更な話だが、このシリーズ最大の眼目は二・二六事件である。清張は二・二六事件を日本史の分岐点と考えており、本作で描かれる事象はその「前段階」というスタンスで述べられる傾向が強い。本巻からは、その匂いがいよいよ濃くなってくる。

「小林多喜二の死」

第1巻には「芥川龍之介の死」、第2巻には「潤一郎と春夫」があり、これらは作中における一服の清涼剤のような役割を果たしていたが、この「小林多喜二の死」は違う。多喜二は社会主義運動家 (後に共産党に入党) であり、それゆえに特高警察に検挙され、拷問によって殺された。多喜二の死は政治的な事件であり、芥川の自殺や谷崎の葛藤などとは位相が異なる。

プロレタリア文学とは何かという議論、あるいは多喜二の作品をその私生活と絡めて論評するなどは清張ならではだろう。文学と政治運動を結びつけた希有のプロレタリア作家・小林多喜二の人生が立体的に浮かび上がってくる。非常に興味深い。

「天皇機関説」

美濃部達吉の天皇機関説は 30年に渡って帝国大学で教えられてきた。そしてその卒業生が官吏となり、日本を指導してきたのである。それがこの時期、急に「機関説は不敬である」として問題にされた。機関説はそもそも憲法論であり政体論なのであるが、いつの頃からか国体問題として槍玉に挙げられるようになった。

背後には陸軍部内の統制派と皇道派の対立がある。さらにこれを利用せんとする野党と政府の攻防がある。この問題を影で扇動したのが平沼騏一郎であり、一部のファッショ軍人 (天皇を絶対神聖視する、良くいうなら純粋な陸軍下級士官および在郷軍人) がこれに躍らされた。またこの混乱を好機と見る打算的な皇道派将校の一団もあり、互いの思惑が錯綜して、機関説問題は制御不能な状態に陥る。

結局、機関説は否定されるのだが、これが後々、さらなる日本の右傾化を招いたのは云うまでもない。

天皇機関説はついに政治問題化した。軍部がそのファッショ的権力を推しすすめるために、同調者をして機関説を攻撃させていることとは離れて、政友会は単純にも岡田内閣打倒のみに機関説を攻撃したのである。愚かなる政友会、ただ目先の得物を追うて断崖に足をすべらせ政党政治を自滅させるのだ。

(「天皇機関説」)

昭和天皇は機関説をよしとされていた。

「理論をきわむれば、結局、天皇主権説も天皇機関説も帰するところは同一のようだが、労働条約その他債権問題の如き国際関係の事柄は機関説を以て説くのが便利のようである」

と仰せられた。

(略)

さらに陛下には、「憲法第四条『天皇ハ国家ノ元首』云々は、すなわち機関説である。これが改正をも要求するとすれば憲法を改正しなければならなくなる。また伊藤 (博文) の憲法義解では『天皇ハ国家ニ臨御シ』云々の説明がある」

と仰せられた。

(「天皇機関説」)

軍部は天皇主権説を唱えて、機関説を攻撃する。しかしこれは昭和天皇の意とするところではない。ここに強烈な矛盾が発生する。

「(略) 軍部では機関説を排撃しつつ、しかも、このように自分の意思にそむくことを勝手にしている。これは、すなわち、自分を機関説扱いとなすものではないか」

と仰せられたので、左様なことがあるはずはございません、これは天皇機関説に対する軍の信念を述べただけで、学説にふれることはこれを避けておるのでございます、と (T 註、真崎教育総監は) 申し上げた。

(「天皇機関説」)

無茶苦茶である。軍部の天皇軽視が、この頃からあからさまになってくる。同時にこの空気は、陸軍内に下克上の雰囲気を醸成した。内部の統制は加速度的に崩壊していくのだが、本巻はそこに至る前奏曲といった趣がある。