- 『天文学史』桜井邦朋

2007/07/11/Wed.『天文学史』桜井邦朋

非常に読み応えのある力作。著者は科学史家ではなく、専門の宇宙物理学者である。

どのような科学の分野であれ、研究の最前線にあって、私たち研究者の大部分が共通に行っていることは、その分野の研究における進展に対する科学史的な分析であろう。といっても、これは大変に個人的なもので、その分析の結果は、おのおのの研究者によって、随分とちがっているものと思われる。

(「まえがき」)

著者のこの主張は、本書の構成に端的に現れている。本書では、20世紀以降の天文学に関する部分が、全体の半分を占めている。天文学の重要な進展が 20世紀以降に顕著であったこともるだろうが、と同時にこれは、研究者としての著者が認識する「重要性」の、各時代の比率の反映ともいえる。その証拠に、普通の科学史で見られるような、各研究者の伝記的なエピソードはほとんど記述されない。筆者の筆はもっぱら、彼らの科学的業績、その時代的な意味に費やされる。非常に硬派だ。

図版も豊富で、特に後半では数々のデータ、グラフ、写真が提示され、天文学史というよりはほとんど教科書のようだ。誰がどのような観測をし、どのような結果が得られ、そこからいかなる理論が導き出されたか、あるいは予測とどれほど一致していたか。これらの事柄が丹念に細かく辿られる。現代の科学が、どれほど多数の研究者の共通した認識と努力によって進展しているのかが、よくわかるだろう。「象牙の塔」に篭っている研究者など、少なくとも現在の自然科学の分野ではあり得ない (ましてや彼が「優秀」だなんて!)。

数学や理論物理学の分野では、1人の天才が革命的に世界観を変えてしまうこともあるだろう。幾つかの科学史を読んで、どの分野も同じかと思う人がいるかもしれない。しかし、実験科学ではそれはない。「星の数ほど」という表現があるが、天文学者達が研究しているのはまさしく「星」なのである。現在の天文学 = 宇宙物理学の理論は、気の遠くなるような数のデータによって支えられている。

本書は、その長大な事実の積み重ねを、読者の眼前に再現する。もちろん、近代以前の天文学の事跡についても、同様の手法が採られている。現代天文学の爆発的な拡大は、過去から延々と蓄積された、膨大な観測記録に負うところも大きい。

巻末には充実した文献リストと索引が付く。大変な労作。