- 『実録・アメリカ超能力部隊』ジョン・ロンスン

2007/05/25/Fri.『実録・アメリカ超能力部隊』ジョン・ロンスン

村上和久・訳。原題は『The Men Who Stare at Goats』(山羊を見つめる男たち)。

アメリカのオカルト事情は想像を絶する。ダーウィンの進化論問題などは可愛い方で、疑似科学、カルト宗教、超能力、UFO と宇宙人、セックス、ドラッグ、そして陰謀論。枚挙に暇がない。陰謀史観は、これらのオカルト・アイテムが現実の歴史と交錯した地点に出現する。陰謀論・陰謀史観については、海野弘『陰謀の世界史』に詳しい。

アメリカの歴史には、至る地点にカルトが出現する。本書がレポートする「超能力部隊」もその 1つだ。本書における著者の取材は、広範かつ克明である。しかし、「常識」ではとても信じることができない。単なる陰謀論の方がよほどマシだ。それほどイカれた内容である (言うまでもないが、イカれているのはアメリカ軍であって本書ではない)。

当時のアメリカの情報関係者は本質的に、頭がまったくどうかしていた。

(2「山羊実験室」)

第一地球大隊

ベトナム戦争に敗北したアメリカでは、軍全体が PTSD (心的外傷後ストレス障害) にかかっていたようだった。一方、世間では、オカルティックな宗教団体、研究所、セミナーが林立していた。

ベトナム戦争に参加したジム・チャノンは、軍全体が変わらなければならないと考えていた。軍の変革を志した彼は、その方法を求め、様々な団体・個人に接触を試みた。彼は極めて奇妙な平和主義、精神主義、疑似科学的手法に出会う。そして、それらをまとめ上げた『第一地球大隊作戦マニュアル』を上官に提出した。

「世界を楽園へとみちびくことがアメリカの役目なのだ」とジムは書いている。

その一行目にはこうある。「アメリカ軍には実際のところ、すばらしくなる以外に満足な選択肢は残されていない」

これがジム・チャノンの『第一地球大隊作戦マニュアル』である。

兵士たちは子羊のような「象徴的な動物」を敵国にたずさえていく。動物たちは兵士の手に抱きかかえられている。兵士たちは「きらきらと光る瞳」で人々にあいさつできるようになっている。それから彼らは地面にゆっくりと子羊を置き、敵を「自発的に抱擁する」のである。

こうした手段がうまくいかなかった場合にそなえて、新種の武器が開発されることになっていた——殺傷力を持たない「心理電子」兵器である。そのなかには、敵意を持つ群衆に正のエネルギーを向けることができる機械もふくまれていた。

(3「第一地球大隊」)

爆笑である。が、笑ってばかりはいられない。

上官たちはもはや笑っていなかった。実際、ジムは何人かが涙を流さんばかりであることに気づいた。彼らはジムと同じようにベトナムでの体験で打ちのめされていた。ジムは大将や少将、准将や大佐たち——「まさにトップの人間たち」——に話しかけていたが、彼は全員を魅了していた。その場にいたマイク・マローンという大佐などは、感動のあまりすっくと立ち上がり、「私は鯔 (ぼら) 人間だ!」と叫んだほどである。

(3「第一地球大隊」)

かくして『第一地球大隊作戦マニュアル』は軍に受け入れらた。その精神を実現するべく、様々な研究が行われることになる。

アメリカの二面性

著者の関心を最も引いたのが、原題にもなっている「心霊山羊殺し」である。見つめるだけで山羊の心臓を止めるという訓練が、軍の基地内で秘密裏に行われていた。実際に山羊が死んだ、という伝説があり、著者はその真実を辿っていく。その過程で CIA、FBI、そしてホワイトハウスまでが登場する。当然のことだが、彼らの「成果」は散々なものだった。

他にも、バカバカしいとしか言い様のない事実が次々と明らかになる。サブリミナルに代表される、様々な音響効果の研究は、彼らが最も熱心に研究したことの 1つだ。驚くべきは、イラク戦争で問題になったアブグレイブ刑務所の拷問で、その「成果」が使われていたらしいことである。もっとも、効果は非常に疑問的であるようだが。

その他にも『第一地球大隊作戦マニュアル』を源流とする様々な「成果」が、アメリカ内外の至る所で実験され、実際の目的にも使われた。著者は辛抱強い取材を繰り返し、1つ 1つの事件を丁寧に検証する。

各々の内容については本書を読んでほしいが、本当にどうしようもない話ばかりである。こういう話を読むたびに、アメリカという国がわからなくなる。私は 2度、学会でアメリカを訪れた。私が実際に知っているアメリカは、このときの体験が全てである。巨大で快適な学会場、優秀な科学者達。ホテルを出れば、良質な商品とサービス。アメリカの一番良いところだ。その経験と、本書が提示するような事実が、どうにも結び付かない。ヘンな国である。日本もそうだけど。