- Book Review 2007/01

2007/01/31/Wed.

中世欧州の奇書・古書を題材にした、澁澤龍彦が得意とするエッセイ集。

エッセイというが、ほとんど本の中身を紹介しているだけのような気もする。しかし例えば、ギヨーム・ル・クレール『神聖動物誌』などという聞いたこともない古書を読んだ日本人が、果たして澁澤以外にいるのだろうか。

カーン文科大学教授セレスタン・イッポーにより、図書館所蔵の写本から起した最初の活字印刷本であって、今日では入手しがたい書物の部類に属するだろう。私は不勉強で、とても古代フランス語をすらすら読むとは申しあげかねるが、二冊の巻頭を飾っているイッポー教授の長文の序論は、動物誌とか本草書とか石譜とかいった、中世独特の寓意文学を殊のほか愛している私にとって、興味ぶかい指摘にみちた珍重すべき参考文献の一つとはなっている。

(「動物誌への愛」)

「本草書」「石譜」などは、錬金術を代表とする隠秘学 (オカルト) を前提とした博物学の諸書を指している。近代科学の視点から見ればサイエンス的な価値は絶無であり、かといって文学的な価値があるとも思えぬ。まともな学問対象として研究している日本人などいないであろう。

そういう奇書を澁澤が紹介してくれる。彼は純粋にこういった事柄が「好き」なだけであり、これらの本の中から近代科学の萌芽や近代小説の源流を見付けるようなことはしない。やってやれないことはないと思うが、ただひだすらに古書の世界に惑溺している。「いやあ、この本はこういう内容なんだけど、面白いよ」。本書の内容といえばそれだけである。だが、それが良い。

澁澤のような生活ができればなあと、彼のエッセイを読むたびにそう思う。

2007/01/30/Tue.

精神医学や心理学は果たしてサイエンスなのか、という疑問を以前から抱いている。これらが科学になるためには冠に抱いている「精神」や「心理」を定義せねばなるまいが、そもそも精神や心理というものは「サイエンスが扱わない事柄」という形での逆定義すら可能な、非常にややこしいコトである。「事柄」「コト」と書いたのは、精神や心理はモノではないからだが、モノでないものを科学的に扱うのは難しい。もちろん、サイエンスでないからといって、精神医学や心理学の価値が低まるわけでは決してない。ただ、これらが経験知としての学問体系であることは事実である。

重大事件の犯人の精神鑑定は、慎重を期して何度も行われることが多い。そのたびに違った結論が出てくることもある。これがまた我ら素人に不安を抱かせる。専門家の間でも見解が分かれるとはいかなることか。しかも、その鑑定結果によって犯人の処遇が (ときには命すらも) 左右されるのだから、曖昧なことでは許されない。

著者は長年、司法の依頼によって様々な被告の精神鑑定を行ってきた精神医である。本文中でも、上に述べたような精神医学の限界が何度も説かれる。著者の鑑定は慎重なものであるが、私が大きく感銘を受けたのは、鑑定に入る前に著者が行う、徹底した調査にある。重大事件では厚さ 1 m にも及ぶという公判記録を読み、被告の家族構成、生い立ち、経歴、学歴、職歴、家族歴を徹底的に追跡する。現場に足を運び、家族を訪ね、学校から指導要領を取り寄せる。ほとんど刑事である。その上で被告と面談し、最適なテストの組み合わせを行い、総合的に鑑定する。本書の中では、テストの具体的な内容、実際にあった事件の犯人のテスト結果などが詳しく描かれ、読者は精神鑑定の実際を目の当たりにすることになる。

長年の経験から、顕著な精神動向を表す被告に対して、著者は精密な医学的診断を行うことにしている。最も力を入れているのが、CT スキャンなどによる脳の造影である。テストで異常な結果を出した人間には、しばしば梗塞などの物理的な異常が見付かるという。もちろん、脳の物理的な異常が即精神の異常と結びつけられるわけではないし、精神に異常があるからといって脳に損傷があるとは限らない。著者は控えめに書いているが、どうも何らかの因果関係を想定できる程度には、両者に相関があるという。これはモノとして精神がサイエンスの土俵に立つ足がかりとなるやもしれぬ。もちろん、優生学のような危険思想は慎重に排除されねばなるまいが。

2007/01/28/Sun.

2001年 1月から 2003年 9月までの時評である。政治・外交と教育に関する主題が多い。アメリカ同時多発テロ (2001年 9月 11日) を挟んだためと思われる。

日本の政治、経済、外交については非常に悲観的である。とはいえ、これはもうなるようにしかならない、という部分もある。筆者の筆が淡々としているのはそのためだろう。一方で、教育問題についてはトーンが高くなる。かなり厳しい (人によっては過激と思うかもしれぬ) 意見が繰り返される。

私が関係する保育園が引っ越したいと思って、適当な場所があったから土地の交換を申し入れた。そうしたら、保育園はダメだという。ウルサイというのである。ご本人は市に寄付した土地だから、法的に反対の権利があるわけではない。しかし保育園にするなら反対運動をするという。

子どもを大切にするとは、べつに甘やかすことではない。だからウルサイと嫌われたっていいのである。欲をいうなら、私はせめて「ウルサイけど」の「けど」が欲しいだけである。ウルサイけど、子どもたちのためだ、まあ仕方がないか。大人にその余裕がなくなったら、国の将来は危うい。

子どもはウルサイけれど、この貧乏国には、資源といえば、それしかないんですよ。

(「『親の責任』と乱暴に決めつけるな」)

その通りである。まことに複雑な気持ちになる。

少し話は変わる。私は今年で 27歳になるが、この年代の人間の発言力は、特に既存メディアにおけるそれは、まだまだ小さい。社会的には若造であり、スポーツ選手などの一部を除けば、この年齢では確たる立場を築けていない。したがって、世にある私の同胞が「少子化」ついてどう考えているのか、それを知る機会が少ない。メディアの中ではジジイやババア、オッサン、オバハンが「子供を産め」と力んでいるが、これは我々に対する圧力であろうか、と思うことがしばしばある。

私だって、我々の世代が頑張って子供を産み育てなければならんなあ、ということは理解している。しかしそれとこれとはまた別の問題である。同年代の方には理解して頂けるに違いない。私達はどうしたら良いのだろうか。本気でそんなことを考えてみたりする。

2007/01/27/Sat.

訳と解説は林晋、八杉満利子。本書は 2部構成で、第1部がゲーデルの不完全性定理の論文 (約50頁)、第2部が解説 (約230頁) となっている。

「まえがき」にも書かれてあるが、高等数学の教育を受けていない人間が、ゲーデルの原論文を数学的に正しく理解するのはおよそ不可能である。私も字面を追ってみたけれど、せいぜいが、「野崎昭弘『不完全性定理』のどこそこで書かれていたのはこの部分だな」と思うくらいである。難しい、とかいう以前の話である。

この論文を理解できた人間が世界に何人もいたこと、そしてその内容が非常に重要であると判断されたこと、一般人が何となくわかる程度に書き下された解説書が世に出回っていること、むしろこれらの事実に私は驚く。人類の「知」ってのはスゴいな、という感想を素直に覚える。

私が熱心に読んだのは本書第2部の解説である。筆者らは、この解説を書くのに 10年の歳月を費やしたという。ゲーデルの不完全性定理の研究は、ヒルベルトが主導した数学の形式化、いわゆるヒルベルト・プログラムの一環として行われた。皮肉にも、不完全性定理がヒルベルト・プログラムの不可能性を証明してしまう形になるのだが、とにかくもそういう背景がある。その背景を、具体的にはヒルベルトの研究を筆者らは丹念に追跡する。解説は、ほとんどヒルベルト研究といっても良い。おかげで、ゲーデル当時、数学の何が問題となっていたか、その問題はいかにして顕現したのか、ということがよくわかる。

ヒルベルトについては野崎昭弘『不完全性定理』やダフィット・ヒルベルト『幾何学基礎論』でも触れたので繰り返さない。解説の後半では、不完全性定理を巡って、ゲーデルとともにフォン・ノイマンやアラン・チューリングが活躍する。彼らが電子計算機理論の開祖であることは、コンピュータに興味のある人なら御存知だろう。いずれ彼らについても勉強しようと思っている。

2007/01/22/Mon.

『成吉思汗の秘密』に続き、『古代天皇の秘密』へつながる、名探偵・神津恭介のベッド・ディテクティブ・シリーズ第2弾。

主要なテーマは「邪馬台国はどこにあるか」である。急性肝炎で入院した神津恭介と、友人の作家・松下研三は、『魏志倭人伝』の記述を元に推理を展開していく。彼らが設定したルールは、

  1. 『魏志倭人伝』の重要部分には、いっさい改訂を加えないこと、万一改訂を必要とするときは、万人が納得できるだけの理論を大前提として採用すること。
  2. 古い地名を持ち出して、勝手気ままに、原文の地名や国名にあてはめないこと。

である。これまでにも膨大な数の邪馬台国論が展開されたが、いずれもどこかに牽強付会な「こじつけ」があり、それがいずれの説も決定的とならない一番の原因となっていた。推理作家である高木は、そのような論理展開がまず受け付けられなかったようで、そのために神津と松下に厳しい制約を課したと思われる。

『邪馬台国推理行』の「はじめに」で高木彬光は、"今まで出された研究・著書の大部分は、邪馬台国はここだ——と断言する途中の過程で説得力を欠いている" とし、"推理小説にたとえれば、「犯人はたしかにこの人物だ」と指摘はしているのだが、なぜその人物が犯人か——という途中の推理を省略したり、あったとしても、その推理に説得力を欠いているようなものである" と述べていた。

(「解題」山前譲)

そういうわけで、本書で作者、あるいは作中の神津がこだわっているのは「アプローチの独自性」であり、決して「これまで提示されなかった新たな邪馬台国の比定地」を狙っているわけではない。作者による邪馬台国の比定地をここで明かすようなことはしないが、比定地自体は、過去にも指摘された土地ではある。

しかし、『魏志倭人伝』の記述を恣意的に改変することなく、また、自然科学的なデータを織り込むなど、推理の過程はスリリングで興味深い。「高木説」を支持する学者も実際にいるという。最後に明かされる「卑弥呼の正体」も、読者を頷かせる説得力を持つ。

高木は本書を執筆する上でかなりの取材も行ったようで、その様子は巻末の「邪馬台国はいずこに」で述べられている。解説は、『邪馬台国はどこですか?』の鯨統一郎

2007/01/21/Sun.

通勤時のヒマ潰しに読んだ。後半の「こども文学館。」には爆笑した。卒業文集の作文やら、国語の時間に作らされた詩やら、主に小学生の書いた文章が投稿されているのだが、とにかく面白い。貧弱な語彙で、文章の作法も技術も構造も考えずに、頭に思い浮かんだ突飛な発想を、思い浮かんだ順に並べる。作為的にやったとしても、大人には絶対に書けない文章である。中には感動を覚えるようなものもあり、笑い以上のものもある。

小説や詩歌における「文芸的な」表現というものは、つまるところ、言葉の慣習を逸脱させることによって生じる。もちろん、ただ逸脱させれば良いというものではない。大人は「逸脱のさせ具合」をついつい考えながら、ときに「狙って」「文芸的な」表現をする。しかし子供はそんなことを考えない。メチャクチャであるが、パワーがある。そこに圧倒される。羨ましく思う。

いくつか気に入ったものを挙げておく。

「うんことしょんべん」T くん

なぜ、うんこはかたくて、しょんべんは水みたいなんだろう。うんこも水みたいになる。

みんな、みんなうんこをみると「くさいくさい」という。

ハエにとってはうまいごちそうだ。

「おおきくなったら」H くん

ぼくは J リーグのせんしゅになりたいです。ぼくはさっかぁはいってるから、れんしゅうがんばる? がんばるよ。ぼくはおうちでさっかぁがんばって J リーグのせんしゅになりたいです。ぼくはあしたおとうさんとつりにいきます。

スゴい。

2007/01/20/Sat.

『吉田自転車』に続く、吉田戦車のエッセイ集第2弾。

前作では自転車に乗り、麺を食うのが主な内容だったが、本書では乗り物が電車に変わった。自転車は吉田戦車の趣味であるが、別に電車はそういうわけでもないらしい。

吉田戦車が非常に真面目で几帳面で小心者で臆病であることはよく知られている。そんな彼の人柄がよく出ているエッセイで、好感が持てる。文章も上手い。時折、彼の漫画を彷彿とさせるようなシュールな描写にも出くわし、ニヤリとさせられる。彼の手による挿絵 (イラスト、写真) もある。

吉田戦車ファンなら読んでおきたい 1冊。

2007/01/19/Fri.

野矢茂樹・訳。原題は『Tractatus Logico-Philosophicus』。

とかく「難しい」と評判の本である。しかし私はそう思わない。

本書の印象を、「想像していたよりも随分と理解しやすい」と日記の方で書いた。『論理哲学論考』(以下『論考』) は、体系的に番号が振られた短い命題の連続から構成されている。そもそも『論考』の目的の 1つが、「言語によって論理を明晰に表現する」ことにあるため、記述は簡潔で明瞭である。訳注も充実しており、じっくり読めばそれほど難しくはない。

『論考』が言及する分野は哲学、論理学、記号学、数学、言語学などである。私はこれらに興味を持っていたため、多少の準備ができていたのかもしれない。『論考』を読んだのは今回が初めてだが、それまでにウィトゲンシュタインと『論考』の名前は何度も目にしていた。「序」にはこう書いてある。

おそらく本書は、ここに表されている思想——ないしそれに類似した思想——をすでに自ら考えたことのある人だけに理解されるだろう。

(「序」)

『論考』が書かれたのは 1918年である。それから 90年後の人間である我々は、知らず知らずにウィトゲンシュタインの思想に触れている。当時の学者に難しかったからといって、現在の我々にとってもそうであるとは限らない。地動説、微分積分、相対性理論、進化論、皆そうである。楽観的にいえば、人類社会は進歩している。「序」の言葉は話半分に考えた方がよろしい。ただ、この手の問題に興味がない人には少ししんどいかもしれない。

以下、私が感銘を受けた命題を引用する。

確率

五・一五三
一つの命題は、それ自体では、確からしいとか確からしくないといったことはない。できごとは起こるか起こらないかであり、中間は存在しない。

確率論については、似たようなことを私も日記に書いた (確率論と「私の場合」)。延々と哲学を否定するようなことを書きながら、なおもこのような命題を考えざるを得ないのは、「私」という主体の問題は最終的に哲学的になってしまうからであろう。『論考』では「倫理」や「幸福」についても触れられる。単なる論理学ではこのような主題はあり得ない。

自然科学・哲学

世界は成立していることがらの総体である。
一・一
世界は事実の総体であり、ものの総体ではない。
成立していることがら、すなわち事実とは、諸事態の成立である。
四・一
命題は事態の成立・不成立を描写する。
四・一一
真な命題の総体が自然科学の全体 (あるいは諸科学の総体) である。

要約すれば、「自然科学は事実の全体 = 世界の記述である」となる。引用部分だけでは独特の用語にとまどうかもしれないが、これらは全て順番に定義されている。最初から読めば違和感はない。

四・一一一
哲学は自然科学ではない。
(「哲学」という語は、自然科学と同レベルのものを意味するのではなく、自然科学の上にある、あるいは下にあるものを意味するのでなければならない。)
四・一一二
哲学の目的は思考の論理的明晰化である。
哲学は学説ではなく、活動である。
哲学の仕事の本質は解明することにある。
哲学の成果は「哲学的命題」ではない。諸命題の明確化である。
思考は、そのままではいわば不透明でぼやけている。哲学はそれを明晰にし、限界をはっきりさせねばならない。
四・一一三
哲学は自然科学の議論可能な領域を限界づける。

二・一
われわれは事実の像を作る。
二・一四一
像はひとつの事実である。
二・一五一四
写像関係は像の要素とものとの対応からなる。
二・一七二
しかし像は自分自身の写像形式を写しとることはできない。像はそれを提示している。
二・一七三
像はその描写対象を外から描写する (描写の視点にあたるのが描写形式である)。だからこそ、像は描写対象を正しく描写したり誤って描写したりすることになる。
二・一七四
しかし像はその描写形式の外に立つことができない。
二・二二四
ただ像だけを見ても、その真偽はわからない。
二・二二五
ア・プリオリに真である像は存在しない。

このあたりはゲーデルの不完全性定理を思い起こさせる。不完全性定理の発表は 1931年である。

言語

五・六
私の言語の限界が私の世界の限界を意味する。

この問題については私も何度も日記で書いた (「言説を自動化する仕組み (1)」同「(2)」「メタ・レベルは話者の言語レベルを反映している」など)。言語で思考・認識する以上、主観的な「私」の世界は言語によって規定されてしまう。客観的な世界空間と「私」の関係を考えたとき、いつも最終的にはこの命題に行き着く。

とまあ、引用し始めたらキリがない。残りは日記のネタとして温存しておこう。

巻末には訳者による非常に優れた解説と、充実した索引がつく。『論考』に興味がある人は、解説だけでも立ち読みしてみてほしい。

2007/01/17/Wed.

副題に「科学的創造の秘密」とある。

病跡学 (pathography) の本である。病跡学の対象は、何らかの天才人である。日本でも「天才と狂気は紙一重」などといわれるが、このテーマは古代から延々と論じられてきた。この課題に精神医学を取り入れたのが、ドイツの医学者・メビウスであるという。以後、病跡学は主に芸術家や思想家、文学者を対象に発展した。彼らはしばしば奇矯な行動を取り、異常な人生を送り、そして卓越した業績を残した。ある意味では「わかりやすい」対象であるともいえる。

本書は「科学者」を対象にした病跡学の嚆矢である。科学者の中にも明らかな天才が存在する。だが、病跡学の対象になるのは芸術家などに比べて遅れていた。彼らの業績が「科学的」である以上、例えばゴッホの絵を観たときに感じるような、「これ描いた奴キチガイだろ」という、取っ掛かりになるような「破綻」が科学者の生産にはない (破綻がないからこそ、その科学者は「天才」なのである)。他にも、科学者特有の様々な特色がある。

われわれの病跡学の方法は、科学者という対象の構造と切り離すことができない。すなわち従来の病跡学が好んで扱った芸術家、思想家の世界が主観的、多義的であるのに比べ、科学者のつくる世界は客観的なことばで語られる明確で一義的なものである。また一般に芸術家がユニークな世界をひとりでつくろうとするのに対して、科学者は学問の歴史的展開と緊密な関係を保って研究をすすめ、共同で研究を行うことも多い。これは芸術家にはほとんどみられない現象である。

(「序にかえて」)

分裂病圏、躁鬱病圏、神経症圏

本書では、科学的天才をその気質から、分裂病圏、躁鬱病圏、神経症圏に分類し、その人生と業績を追いながら、精神医学的な分析を挟みつつ、その創造性との関連を推測する。取り上げられるのは以下の 6人である。

例えば、ニュートンは生涯を通じて錬金術や神学の研究を続けた。この事実は、彼の著作『プリンキピア』に代表される近代科学の精神とはかけ離れた印象を我々に与える。しかし両者の並立は、分裂病圏の人間にとっては自然なことであるという。というよりも両者は、もともと一つの志向によるものらしい。

ニュートンにとっては物理学も錬金術も神学も一つのものであった。強いていえば、それは理神論に近い神学体系と規定することができよう。彼は全宇宙の謎を、神が世界のあちこちに置いた手がかりをもとに読みとることができると考え、その手がかりを天空や元素の構造や聖書の中に求めたのであった。このようにつくりあげられた彼の全世界と現実との接点が彼の物理学であり、彼の内面の祝祭は、物理学という窓口によってのみ現実的世界に開かれていたのである。

(「アイザック・ニュートン」)

驚くべき見解というより他はない。要するに、彼が発見した万有引力に代表される「科学的な」法則は、彼の (大いに妄想的な) 内面世界を統べる秩序の「一部」でしかないわけだ。自己の内面に全世界を構築しようとする試みは、分裂病の人間に顕著な症状である。いわゆる電波系の人間は、「電波が飛んでくる」「私は世界の救世主である」という、余人には理解できぬ理屈で世界を説明する。ニュートンの歩みは基本的にこれと同じであるという。ただ、ニュートンの能力があまりに高く、その「説明」が「完璧な」整合性を持つように努めたがゆえ、彼の神的世界観は (結果として) 現実の物理法則をもって統べられることになった、という解釈である。非常に興味深い。

他の科学者についても、同様の精神分析が試みられる。それぞれの精神病理にはある種のパターンがあり、天才にも色々の種類があることがわかる。巻末には「科学者の精神病理と創造性」と題された総括が書かれており、病跡学自体についても学ぶことができる。

2007/01/14/Sun.

タイトルの通り、数学者の列伝である。内容は大きく 4つに別れる。

  1. 「古代の数学」: アルキメデス、ギリシア以前、ピタゴラス
  2. 「近世数学のみなもと」: ガリレイ〜ホイヘンス
  3. 「近世数学の開花」: ニュートン〜ラプラス、モンジュ、ルジャンドル
  4. 「近世数学の高峰」: ガウス〜ガロア

分量的には、ほとんど近世数学の話である。

中身は易しい。各数学者の業績に触れているが、数式などは出てこない。時代背景、人間関係、あるいは手紙の引用などが多い。少々物足りない気もするが、例えば E・T・ベル『数学をつくった人びと』は敷居が高い、という人にも、気楽に読めるという点で推薦できる。良書ではある。

エヴァリスト・ガロア (Evariste Galois)

この種の本を読んで、いつも涙を誘われるのがガロアの話である。1811年のパリに生まれた彼は、1832年に 21歳で歿するまで、ほとんど誰にも評価されなかった。再評価されるのも、死後随分と時が経た後である。「証明」が業績の根幹となっている数学で、このようなことは珍しい。

彼はステレオタイプな「天才」である。エコール・ポリテクニックの入学試験で、教官がつまらないことばかりを質問するので黒板消しを投げつけるような、そういうタイプの天才である。そのために彼は 2度も試験に落ちる。「ちょっとは大人になれよガロア」と思うのだが、それがまた彼の魅力なのである。

彼は代数方程式の研究に関する成果をまとめ、アカデミーに論文を送るが、全く理解されないまま原稿は紛失されてしまう。しかも 2度である。ガロアの絶望はいかばかりか。彼の憤慨は世の中の憎悪へと向けられ、当時のフランスで盛り上がっていた革命運動へと自身を掻き立てる。結果、彼は監獄へとブチ込まれる。そして出所後、恋愛沙汰に巻き込まれ、馬鹿馬鹿しい決闘で命を落とすのである。

決闘前夜、死を覚悟した彼は、学問的な遺書を書く。証明の概要の余白には「時間がない」と書き込まれ、筆跡は加速度的にぞんざいになっていく。決闘の時間は近付くが、これまで認められなかった彼の発見を余さず語るには時間が少な過ぎる。机を離れねばならなくなったときの彼の気持ちは察するに余りある。

本書では、アーベルとガロアの関係が詳細に述べられているのが興味深い。2人に直接の接触はなく、あくまで学問的な関連である。しかしながら、両者の人生には共通点も多い。アーベルもまた、恵まれない人生であった。とはいえ、若くして死ぬ直前に業績は評価され、貧しかったとはいえ諸国を巡り、最後は婚約者の腕の中で息を引き取る。決闘で腹を撃ち抜かれ、泥にまみれて死を待ったガロア (最後は病院に運ばれたが) よりは幸せだったろう。

ガロアは熱心にアーベルを読み、その問題をうけつぎ、それを解決したのである。いわばアーベルの魂がガロアにのりうつり、ガロアの天才をかりて自分がのこした問題をといたのであろう。そのためにガロアの一生は無残に終わったが。

(本書)

一八三二年五月三一日の早朝、ガロアは二一歳で亡くなった。彼は南霊園の共同墓地に埋葬された。それで、今日そこにはエヴァリスト・ガロアの墓はあとかたもないのである。彼の永遠の記念碑は、その全集である。しかも、それはわずか六〇ページしかない。

(E・T・ベル『数学をつくった人びと II』「20 天才と狂気 ガロア」)

2007/01/13/Sat.

司馬遼太郎講演集第5巻。1992年から 1995年までの講演が収められている。

話題は色々である。

司馬の講演を読んでいつも思うのは、話の冒頭で、聴衆の自尊心をくすぐるリップサービスが展開されている点だ。無論、単なるヨイショではなくて、その土地や聴衆の職業の歴史に絡めて美点を褒める。薩摩に行けば薩摩人の性格を称える。会津に行けば、薩摩に蹂躙された会津の悲史をともに嘆く。八方美人ではなくて、要は、歴史には様々な視点があること、その数だけ「歴史」があること、ということなのだろう。

感情移入が基本にあるという点で、印象批評的であるともいえる。司馬が「小説」に拘った理由もここにあるのではないか。

このシリーズは本書で完結である。巻末には充実した通巻索引が付く。

2007/01/08/Mon.

今年最初の大当たり。文庫本で 650頁余 (しかも文字が小さい)。大著である。

戦後、特に 1960年代以降のアメリカを中心として世界中に広まった「陰謀論」(conspiracy theory) を大量の文献によって多角的に論評する。採り上げられている「陰謀」も上質のものばかりで、いわゆる「トンデモ」は少ない。数々の陰謀論を、正すべきところは正しつつ、「陰謀史観」が提供する「世界の見方」には新しいものがあるとして、賛同的な記述も多い。「陰謀パラノイア」に対する興味深い分析もある。

それぞれの陰謀に出てくるアイテムの歴史的事実・変遷も詳述されており、資料としての価値も高い。巻末には、豊富な参考文献リストと、充実した索引が付く。テーマは多岐に渡る。目次からいくつか抜き出してみる。

陰謀愛好家にはたまらないラインナップである。しかも各々が濃い。

著者が挙げる陰謀論の特質は、次の 2点である。

  1. すべてはつながっている
  2. すべては今である

炯眼である。これらの前提があるため、「陰謀論」には理論的に無理が生ずる場合が多い。また、最初から「かくありき」という前提がある以上、「陰謀"史観"」という言葉も的を射ている。その意味では、マルクス史観や皇国史観とさほど変わらないわけで、研究の対象にもなり得る。それを見事に示したのが本書であろう。

2007/01/05/Fri.

副題は「民族と国家を越えるもの」。対談相手は、

副題の「民族と国家を越えるもの」とは何であろう。一つの答えは「文明」であると思われる。一方で、「民族」や「国家」を規定するものが「文化」であるといえよう。本書に収められた対談に限った話ではないが、司馬遼太郎は「文明」と「文化」をいつも峻別している。

例えば岡本との対談は「稲作文明を探る」であり、松原との対談は「稲作文化と言語」と題されている。確かに「稲作文明」といわれれば、東南アジアを中心とした広域世界が思い浮かぶし、何の断りもなく「稲作文化」といわれれば、日本史のそれを想起する。「稲作文化と言語」というタイトルは絶妙である。「言語」もまた文化を規定する (特に日本においてはそうである)。一方で、岡本との「文明」対談においては、海外で生まれ育ち、「芸術」としての縄文土器を発見した岡本の広い文明観が語られる。

司馬が「座談の名手」といわれるのは、このような部分においてまで気が遣われているからであろう。また、とかく放散しがちな対談という場において、会話の機軸がぶれないの秘密もここにあると思われる。

2007/01/03/Wed.

1980年代の香りがする懐かしい「お遊び」である。御存知の方も多かろうが、あらましを書いておく。

「超芸術」とは何か。

芸術とは芸術家が芸術だと思って作るものですが、この超芸術というものは、超芸術家が、超芸術だとも何とも知らずに無意識に作るmのであります。だから超芸術にはアシスタントはいても作者はいない。ただそこに超芸術を発見する者だけがいるのです。

「超芸術トマソン」とは「不動産に付着していて美しく保存されている無用の長物」と定義される。廃棄されているようだが、そうではなく、人の手が加えられている。何のためか。理由がわからない。あれこれと想像する。じっくり見ていると、何やら造形的にも面白い。あるいはその場を含めた「あり方」に奇妙な感慨を覚える。そういう「物件」の総称である。

文字で書いてもよくわからぬと思う。詳しくは本書に掲載されている多数の写真を御覧になって頂く他はない。ネット上でも面白い写真がたくさん転がっている。

さて「トマソン」とは何か。

一九八二年、ジャイアンツの四番バッターの座にいたトマソン選手です。扇風機というような失礼なアダ名を付けられながら、しかしよく考えたらその通りです。打席に立ってビュンビュンと空振りをつづけながら、いつまでもいつまでも三振を積み重ねている。そこにはちゃんとしたボディがありながら、世の中の役に立つ機能というものがない。それをジャイアンツではちゃんと金をかけてテイネイに保存している。素晴らしいことです。いや皮肉ではない。真面目な話、これはもう生きた超芸術というほかに解釈のしようがないではありませんか。

で私たちの追求する物件は「トマソン」と命名することにしました。

ムチャクチャである。古い本 (本書の初版は 1985年) によくあることだが、今の基準からするとかなり大胆なことが書いてある。本筋とは関係ないが、そういうところが奇妙におかしかった。

例えば「物件」の所在地や、写真の投稿者 (もちろん実名) の住所 (番地まで!) が、何の臆面もなく掲載されている。個人情報の漏洩っていうレベルじゃねえぞ。そもそも「物件」の大半が私有物であり、現在も使用されているものである。その写真を勝手に載せることだけでも相当のものだ。21世紀の現在では考えられぬ企画である。

1例を挙げる。建物が取り壊されたとき、水着の日焼けのような跡が隣家に残ることがある。これは実物が消え去った後の残像であり、立派な「トマソン」である。それは良い。問題なのは、このようなトマソンの一群を「原爆型」とするネーミング・センスである。

さっきの焼印といい、これといい、これらは広島を思い出します。原爆タイプという名前をつければ、あまりにもエグイでしょうか。原爆の日に、広島市内の銀行の石段に坐っていた人の影がそのまま焼きついていた。あれです。あれと同じ原理です。

爆笑である。もはやトマソンの写真よりも、このような記述の方が圧倒的に面白くて困る。昔は大らかだったんだなあ。

2007/01/01/Mon.

まさか本書を未読だとは思わなかった。筒井康隆の日記、それも『腹立半分日記』の続編にあたり、『虚航船団の逆襲』が発表された直後から始まるこの日記を読んでいなかったとは。本書のタイトルは知っていたし、自分ではてっきり買って読んだものとばかり信じ込んでいた。アホか俺は。などという以前に、「未読の筒井作品」があったことに喜んでしまった。しかも 2007年最初の本がこれであるのだから、嬉しさもひとしおである。

本書は 1984年 11月 28日から 1985年 7月 17日までの『日日不穏』と、1982年 9月 4日から 1986年 6月 25日までの『日日是慌日』の 2部構成となっている。ブランクがあるのは、その間に映画の撮影を挟んだからである。後半の日記は、弟・正隆氏の死によって閉じられる。

筒井の日記の魅力はその露悪性であろう。特に評論関係の話題における、実名を挙げての罵倒は有名だが、それ以外にも妻・息子・父親を始めとした家族関係、出版関係に演劇関係、自宅を訪れるキチガイなどなどが、簡潔ながらも徹底的に描写される。私信は無断で公表され、オフレコはありのまま活字にされる。実際問題、筒井の日記は関係者にとって「恐怖」であるらしい。もっとも、それが読者にとっては無情の快楽であるのだが。例えばこれは日記ではないが、『噂の真相』に連載された『笑犬樓よりの眺望』なんかは、いつ読んでも爆笑である。

そういう日記が書ければ良いのだが、そうもいかんわな。そもそも生活自体が違い過ぎるからして、自分は自分なりの芸を身に付けるしかないであろう。