- 『愛のひだりがわ』筒井康隆

2006/11/13/Mon.『愛のひだりがわ』筒井康隆

筒井康隆のジュブナイル。帯には「『時をかける少女』を超えた」とあるが、どちらかといえば『私のグランパ』に雰囲気は近い。

「愛」とはヒロインの少女の名前である。舞台は近未来と思しき日本。本書が刊行されたのは 2002年だが、その頃から現在の格差社会を予見していたようで、庶民の二極化、崩壊した学校、社会のモラル・ハザード、治安の悪化などが描かれている。12歳の愛は、数年前に父親に捨てられ、学校ではいじめられながらも、母と 2人で小料理屋を営む生活を送っていた。その母が亡くなるところから物語は始まる。

母が貯めていた金を親戚に取り上げられた愛は、学校でいじめられ、店で酷使される生活から脱出するべく、父を探す旅に出る。このあたり、じめじめとした雰囲気ではなく、愛の信念の強さと、密かな支援者である同級生のサトルの描写もあり、読者は愛を応援したくなる。愛はひたすら東へ東へと歩いて父を探しに行く。愛は左腕が不自由なのだが、彼女をかばうように、必ず支援者が左側に寄り添って旅が続く。

旅はトラブルの連続である。暴走族や自警団に襲われたり、有り金を盗まれたり、厄介事に巻き込まれたりする。そのために支援者が脱落することもある。しかしその都度、新たな支援者が現れて愛の左側に寄り添う。

東京に出た愛は、親切な支援者達と、何よりも彼女の外見と内面の美しさによって、幸せな生活を送り始める。その間も失踪した父の捜索は続いている。やがて、父が故郷に戻ったという情報が入る。愛は再び、来た道を戻って故郷に戻る決心をする。帰途、心身ともに成長した愛は、復帰した支援者とともに、かつての加害者達をこらしめる。この報復のあたりがまさに筒井作品というべきであって、ここで読者は快哉を叫ぶであろう。一度脱落した支援者達の救済にも感動させられる。

最後に愛は父親と出会うわけであるが、ここで成長した愛が彼に何を言うのかは、実際に読んでほしい。ジュブナイルとは銘打ってあるが、純粋に「ストレートな小説」なのだという感じがする。複雑になり過ぎた最近の小説を読んでいると、このような物語に胸のすく思いがする。