- Book Review 2006/08

2006/08/11/Fri.

田尾陽一、清水韶光・訳。原題は『A History of PI』。

2006年から見かけるようになった、ちくま学芸文庫のサイエンス関係 (青い背表紙) の 1冊。これがなかなかよろしい。本書も横書きで、ストレスなく数式などが読める。

本書は題名通り、πにまつわる数学史である。πの発見から、数学の発展とそれによって得られた新たなπの求め方、πという値の性質、πの演算競争とコンピュータ、などなど。πのある程度正確な値は、既に紀元前2000年に見られる。したがって、πの歴史はほとんど文明の歴史でもある。

著者は歴史にも深い造形と関心があるらしく、πの歴史と平行して、当時の人文社会の逸話にも筆が及ぶ。なかなか面白いのだが、著者は特定の信条、政治、体制、人物に対して激しい嫌悪感もあるようで、ローマ帝国、カエサル、アリストテレス、カトリック、ナチス、共産主義などを、繰り返しボロクソにけなしている。πと直接関係ないことも多く、正直、少々ウザい。一方で、ギリシア、アレクサンドリア、アラビア、中南米、日本、中国といった文明には理解があるようで、和算によるπの計算までフォローしているのは素晴らしい。数学史では、近代はともかく、中世の日本・中国あたりが取り上げられることは少ない。

数式だけではなく図版も豊富である。πの計算は幾何学と密接に関係しているが、図版のおかげで直感的な理解が助けられる。また、貴重な文献の写真が多数掲載されているのも良い。その他、引用文献リストや、詳細な訳注も充実しており、気合いの入った 1冊である。惜しむらくは、コンピュータが重要な役割を担うようになった現代の章のボリュームが少ないこと。原著の初版が 1970年なので、これはどうしようもないか。

2006/08/03/Thu.

近山金次・訳。原題は『Commentarii de Bello Gallico』。

前58〜51年にかけて行われたローマ軍のガリア遠征の記録を、指揮官であるカエサル自身が著したのが本書である。8年に渡った戦争は、1年毎に 1巻、すなわち全8巻にまとめられたが、実際にカエサルが書いたのは 7巻までであり、本書もまた、7巻目までの訳書である。

読みにくい、というのが最初の印象であった。耳慣れぬ固有名詞、簡潔過ぎるがゆえに細部がわからぬ描写、ローマとガリアに対するそもそもの我が認識不足、などなどが理由である。が、これは 1年目を読み終えると気にならなくなった。

ポイントは、本書はカエサルによって書かれた、ということを充分に認識して読み進めることだろう。そんなの当たり前じゃないか、と思われそうだが、あまりに客観的な記述、そして自身のことも「カエサルは〜」と三人称で書く独特の文体により、ついつい歴史家が書いた史書のように思い込んでしまうのだ。それではつまらない。突き放した冷静な描写がなされているけれども、これを書いているのは、そのとき勝利した、あるいは苦境に立たされていたカエサル自身なのであり、それを考えると味わいが全く異なってくる。ここにハマれば、一気にガリア戦記の世界に浸ることができる。

記録的な文章が続く中、ときおり顔を覗かせるカエサルの本音がまた絶妙で、彼の人気の源はこんなところにあるんだろうな、と思えてくる。