- 『恐怖』筒井康隆

2004/05/25/Tue.『恐怖』筒井康隆

存命中の作家で俺が一番高く評価しているのが筒井康隆。本作は探偵小説である。

筒井康隆は結構ミステリーを書いている。『富豪刑事』『フェミニズム殺人事件』『ロートレック荘事件』などなど。本人も大変なミステリーマニアで、笠井潔『哲学者の密室』の見取り図を見て、「小屋にトイレがないのはおかしい」と指摘したのは有名な話だ (笠井はその後、見取り図を訂正している)。

探偵小説と恐怖

筒井康隆が書く探偵小説は、ただ探偵小説の枠内に収まるだけのものではない。どちらかと言えば『恐怖』は、それほど本格的な探偵小説ではなく、むしろ主題はタイトルにもなっている「恐怖」にある。

主人公は作家・村田。彼が住む街には文化人が多い。そんな静かな街で画家が殺害される。村田が第一発見者として、画家の死体に遭遇する場面から物語は始まる。

事件は連続殺人の様相を帯び出し、しかも標的は文化人であるらしいということがわかってくる。村田、そして彼の友人である文化人達が脅え、恐怖し、徐々に狂っていく様が執拗に書き込まれている。といってもサスペンスではない。あくまで恐怖している文化人達は、読者にとって滑稽な存在でしかなく、突き放して観察する対象として描かれる。ここらへんは筒井康隆の真骨頂である。

惜しむらくは、初老の作家・村田を主人公としているのに、彼の「初老」という設定が生かしきれていなかったことだ。傑作『敵』以来、筒井康隆の描く老人は、凄まじいリアリティがあってゾクゾクするのだが、今回、それが充分に味わえなかったのが残念。