- 新年の抱負に代えて

2013/01/15/Tue.新年の抱負に代えて

骨格筋と心筋は分裂しないが、平滑筋は分裂する。ここでいう平滑筋は、血管平滑筋を想定している。平滑筋はなぜ増えるのか。それは血管がどんどん伸びていくからで、というよりも、平滑筋が分裂しないと血管も伸びていけないからである。……と思うのだが、真面目に考えたことがないので、実のところよく知らない。

血管新生 angiogenesis では、内皮細胞の増殖あるいは血中の内皮前駆細胞の遊走が先行する。その後、平滑筋が内皮の周囲を支持することで、新生血管は安定する。

また、バイパス手術などによって血管内皮が傷付くと内膜が肥厚して管腔が狭窄するが、主な原因は平滑筋の増殖である。

当然、平滑筋の増殖は内皮とセットで考えねばならない。事実、内皮細胞から放出される種々の因子が平滑筋の分裂に影響することが広く知られている。代表的な分子がエンドセリン endothelin である。エンドセリンは内皮細胞から分泌される、強力な血管収縮作用を持つペプチドだが、平滑筋の増殖を促進する働きもある。試みに "smooth muscle, endothelin" で PubMed を検索すると、四三五七本もの論文が出てくる。

冠動脈が障害されると様々な心疾患が生じる。梗塞や虚血再灌流が起きると、やはりエンドセリンなどの分子が放出されて心筋細胞に作用する。心筋は平滑筋のように分裂しないが、これらのシグナルに対して、肥大や細胞死といった病態に直結する反応を呈する。上と同様に "cardiac muscle, endothelin" で検索すると、二〇二四本の論文が現れる。

ここまでは循環器の研究者にとって常識だが……、それでは、例えばエンドセリンが骨格筋に作用するのかと問われても、大半の人がよく知らないのではないか。少なくとも私は全く知らない。考えたこともなかった。

"skeletal muscle, endothelin" を含む論文は三一二本ある。平滑筋や心筋に比べて一桁少ない。増殖に焦点を絞るなら、骨格筋前駆細胞である衛星細胞 satellite cell が研究対象となるだろう。ところが、"satellite cell, endothelin" の検索結果は、わずか五本である。しかも四本が神経、一本が膵臓の研究で、骨格筋に関する報告ではない。エンドセリンと骨格筋の衛星細胞の関係は、誰も知らないようである。

では、衛星細胞にエンドセリンをブッかけてみよう——、ということには無論ならない。論文数も単なる目安であって、中身を精査したわけではない。要するに、ただの思い付きである。よく調べれば、馬鹿げたアイデアであることがわかるかもしれない。

……上記は、あくまで例である。

研究には、着想ともいえぬ思考の断片が何個も必要なのだと思う。しかし、ほとんどはガラクタである。これらガラクタの見極めと処理をどうするかは、ちょっとした課題である。時間は有限であり、研究費と実験量はさらに限られる。新しい職場では、このことを少し意識してみようと考えている。