- 全人的な職業と階級の呼称

2008/10/13/Mon.全人的な職業と階級の呼称

理学二等兵の T です。こんばんは。

以下は妄想である。

軍人が政権を握るとそれは軍事政権となるわけだが、別に国家そのものが軍隊となるわけではない。軍事政権においてその権限・権能が大きく拡がるとはいえ、軍隊は政権の一機関のままである。

さて、ときに軍隊は「小さな国家」と喩えられるが、それは軍という存在がそれ自体で独立かつ完結しているからである (そうでないと作戦を遂行できない)。したがって軍隊には実に様々な職能部隊が含まれる。軍医や軍楽隊などは最も有名な例であろうが、その他にも通信、情報、輸送、衛生、技術、研究、経理などがあり、憲兵を含むならばそこには司法も関係してくる。

これらの職能部隊員にも当然階級があり、例えば森鷗外は軍医総監 (軍医中将) まで昇り詰めた。中将といえば相当な高位である。731部隊の石井四郎は、その研究と成果によって初の軍医大将になることを夢見た (青木冨貴子『731』)。このような階級はもちろん軍医以外にも存在する。例えば技術部には技術大佐などがあり、衛生部には衛生少尉などがいるわけである。

で、仮に、軍事政権において行政が軍制に取り込まれたら、やはり財務大将 (大臣相当) や外務中将 (副大臣相当) という言葉ができるんだろうか、なかなか格好良い響きじゃないか——、というのが今日の妄想である。法務少将、厚生中尉、文部大佐とか、結構イケてる。

総理は元帥かなと思ったが、よく考えれば軍事政権なので総理大臣は特に要らないよな。行政 (政策遂行) の長としての国務大臣は必要かもしれないけれど、政策決定機関は議会ではないから、官僚機構の階級 (局長とか課長とか) をそのまま軍の階級に横滑りすれば良い。次官ともなれば中将・少将クラスになるだろうか。

この妄想軍事政権では大学も軍隊に吸収される。教授というのは中佐くらいか。理学大佐 (学部長)、理学中佐 (教授)、理学少佐 (准教授)、理学大尉 (講師)、理学中尉 (助教) みたいな。学位取得で曹長 (軍学校卒業後の最初の任官がこれ)、ポスドクなどで少尉に昇進するとすれば、まァ妥当な階級だろう。学部長が大佐だから学長は少将か。帝国大学の長を中将クラスに引っぱり上げれば、文部大将 (大臣) ともまずまず釣り合う。

——などと、「職能 + 階級」で構成される造語が「カッコいい」というのが、今日の妄想のポイントである。軍事政権云々はどうでも良い。

ミリタリー・マニアが兵器や階級などに異常に詳しいのは、それらの言葉一つ一つがとても魅惑的であり、口にしたり文字にしたりすること自体に快感があるからなんだよな。これは科学用語についても同じ。ハード SF の魅力のかなりの部分が、科学用語の使用による異化効果にあるというのは、既に古典的な議論である。文系の人が、理系の言葉を意味も分からずに援用するのも同じ (逆もまたしかり)。

リンク先の人の気持ちはよくわかる。エクリチュールの快楽だよな、などと俺もよく意味がわからずに使っておるわ。そういった言葉の魅力や魔力が、ミリタリー・タームには豊富に含まれている。

自衛隊は、とにかく旧軍を否定する形で生まれたので、階級の呼称もいわゆる軍隊のものではない。陸上自衛隊の階級は、陸将 (中将、幕僚長の場合は大将相当)、陸将補 (少将)、一等陸佐 (大佐)、二等陸佐 (中佐)、三等陸佐 (少佐)、一等陸尉 (大尉)、二等陸尉 (中尉)、三等陸尉 (少尉)……という具合になっており、お世辞にも「カッコいい」とは言えない。

国家と国民を護る軍隊というのは「カッコいい」ものであるべきだと思うのだが、それは軍人が全人的な職業であるからだ。全人的とはつまり、「勤務時間以外も軍人」であることを本人が意識し、また周囲もそれを求めるということである。警察官、医者、教師、政治家、そして学者などもこれに当たる。職業というよりは、むしろ「属性」に近いかもしれない。「先生」と呼ばれることも多い。これらの人々は、少なくとも一昔前までは社会的な尊敬を受けてきた。ノーベル賞の受賞者などを見ると、何事かを成す人はやはり全人的であるように思われる。

階級というのは身分であって、これは所属する組織への帰属意識 = 全人性に決定的な影響を及ぼす。過酷な職務であるのなら尚更。したがって、階級の呼称は格好良いに越したことはない。そういう観点からいえば、「助教授 → 准教授」「助手 → 助教」の呼称変更は、どうなんだろう、ちょっとは「カッコいい」方向に進んだかな。