- 独習の方法

2007/04/30/Mon.独習の方法

学ぶべきことが多過ぎる T です。こんばんは。

リニューアル継続中。結局 GW の前半は、ほとんど外出しなかった。パソコンの前に座っているか、さもなくば寝ているかで、無駄に時間を遣った。「退屈だなあ」と思ったのは随分と久し振りのことである。たまには悪くない。

独習

以下は個人的なイメージである。

プログラミングというのは独習のイメージが強い。大学のしかるべき学科に行けば体系的に学べるのだろうが、「何か違う」と感じてしまう。私がプログラマーという職業にある種の憧憬を抱いているからかもしれない。幼少期にファミコンの洗礼を浴びた世代の男子にとって、プログラマーとは畏敬すべき存在であった。少なくともこの時代、学校でプログラムを学んだプログラマーなんていなかったと思う。

ギターも独習のイメージが強い。エレキは特にそうだ。ギター教室というのもないではないが、あれもやはり「ちょっと違う」。これがヴァイオリンとなると、独習は無茶だろ、となる。あくまでイメージだが。

漫画、これも完全に独習である。教室とかあるんだろうか。人に教えるくらいの画力があれば、自分で漫画を描いた方が儲かるから、そういうことはしないのか。ヴァイオリン同様、これが油絵となると、しかるべき先生にレッスンしてほしくなる (私がなかなか油絵に踏み出せないでいるのは、この欲求による)。

一昔前まで、小説の修業もほとんど独習のイメージであった。しかし最近では、小説学校出身の作家も多い。松下政経塾がもてはやされるようになったのは、いつ頃からだったか。政治家も塾の出身を誇るようになった。そういう輩が、「学校教育を建て直し、塾を撤廃する」などとホザいている。ギャグであるのなら、なかなかのセンスだ。

独習には限界がある。私が再び大学院へと入った理由の一つも、多くの人間と情報に接したかったからに他ならない。しかし、優れた師に教え導かれさえすれば問題ない、と信じられるほど純粋ではない。先生にも当たりハズレがある。そんなことは誰でも知っている。そのとき、自分は何を師として独習するのか。

独習の方法は誰も教えてくれない。そこが一番難しいところだな。