- 三重で地震

2007/04/15/Sun.三重で地震

HTML の数式表現に限界を感じる T です。こんばんは。

研究日記

大学 → 病院 → 大学。

昼に三重県で震度5 の地震があったようだ。ちょうど培養室で作業していたのだが、京都でも大きな揺れを感じた。夕方にはやはり三重で震度4 の余震。これもまた感じた。研究施設というのは概して頑丈にできているが、それでも結構な揺れだったように思う。震源地はいかばかりか。三重の被害が大きくなりませぬよう。

Be Quantitative!

生物学をやっている人は (私を含め) どうも数学に若干の抵抗と憧憬がある。数学が苦手で生物に進んだ、という人は存外に多い。一方で、数学が苦手でも理系に踏み止まるくらいだから、ある程度の理解と志向はあるわけである。それで「若干の抵抗と憧憬」と書いた。

サイエンスは現実の現象を数学的に一般化・抽象化・モデル化することで世界を把握する。一方で、生物というものは根本的に複雑な系である。そしてその複雑性・多様性・個別性こそが「生命」の本質であるという一面もあり、「例外」のオンパレードといっても良い。In vitro の実験系はそれなりに単純化・理想化されてはいるけれども、我々はまだ 1個の大腸菌すら合成することができない。

だからといって、生物学的現象を数学的に把握する、つまり定量化・定式化することを諦めるわけにはいかない。むしろ逆である。しかしまァ、私は高度の数学を操ることもできないので、せいぜい、よく定量化された信頼できるデータを提出することしかできないが。

枕が長くなった。この欄では、勘と経験に頼りがちになる基本的な実験について、改めて数量的に考えてみる。レベルは低い (私が書くから)。しかし重要なのは、定量的な思考の習慣づけであり、目的はそこにある。なので、物凄くゆっくりと進める。

さっそく始めよう。第1回は PCR である。

PCR (polymerase chain reaction) では、1回のサイクルにつき、鋳型となる DNA の量が理論的には 2倍になる。したがって、n サイクル目が終わったときの鋳型の量 (2本鎖が重合した状態) Mn は以下の式で表現できる。

Mn = 2n

単位を付けよう。最初の鋳型の量が a (mol) であれば、

Mn = a2n

である。これは等比数列の一般項と同じ式である。a を初項という。懐かしいなあ。少し調子が出てきただろうか。当たり前だが、a ≥ 0 かつ n ≥ 0 かつ n は整数、である。こういう断りを一々入れると数学らしくなる。

さて、ここまでは理想条件下の話である。この条件下では、酵素はヘタらないし、プライマーは無限にあり、何サイクル目でも全ての鋳型がプライマーとアニーリングする。実験をやっていてときどき辛くなるのは、そんな理想条件はどこにもない、という厳然たる事実である。数学的に正しいかどうかよりも、PCR でバンドが出るかどうかの方が幾万倍も重要なのだ。そして我々は理論的な基礎を忘れがちになる。

閑話休題。投入したプライマーの量を、センス、アンチセンスともに p (mol) (p ≥ 0) としよう。したがって、どれだけサイクル数 n を増やそうとも、Mna + p である。

さて、p はサイクル数とともに減っていく。n サイクル目が終わったときのプライマーの量 pn を考えよう。n サイクル目が始まるときの鋳型の量は Mn-1、プライマーの量は pn-1 である。このサイクルの間に、鋳型と同量のプライマーが消費される。したがって、

pn = pn-1 - Mn-1 (ただし、p0 = p)

この式は帰納的なので展開しよう。

pn = pn-1 - Mn-1 = (pn-2 - Mn-2) - Mn-1 = ((pn-3 - Mn-3) - Mn-2) - Mn-1 = ……

まとめると、

pn = p0 - (M0 + M1 + …… + Mn-1)

だから、

pn = p - ∑Mi (i = 0, 1, ……, n-1)

ここで等比数列の総和を求めなければならぬ。公式の力を借りよう。大人になって良かったことは、公式を暗記する必要がないことである。

Mi = ∑a2i = a∑2i = a(2n - 1) / (2 -1) = a(2n - 1)

結局、n サイクル目が終わったときのプライマーの量 pn は以下のようになる (この式は p0 でも成立する)。

pn = p - a(2n - 1)

この式は、全ての鋳型とプライマーがアニーリングすることを前提にしている。したがって、上記の pn が成立するのは、Mn-1pn-1 のときである (これは Mn = a2n が成立する条件でもある)。

鋳型の量がプライマーの量を超えるサイクル数、すなわち、初めて Mn > pn となる n を求めよう。この値は、最初に投入する鋳型の量 a とプライマーの量 p で決まるはずである。

Mn > pn

a2n > p - a(2n - 1)

a2n+1 > p + a

2n+1 > p/a + 1

両辺の値は正だから、それぞれの log2 を取っても大小関係は変わらない。

n + 1 > log2(p/a + 1)

n > log2(p/a + 1) - 1

投入したプライマー量 p が、鋳型の量 a の 100万倍あったとしよう。この値は充分に大きいから、少々丸めたところで問題はない。この場合、

n > log2(106 - 1) - 1 ≅ 2 × log2103 - 1 ≅ 2 × log21024 - 1 = 2 × 10 - 1 = 19

したがって、20サイクル目が終わった時点で、鋳型の量 M20 に対してプライマーの量 p20 が足りなくなる。21サイクル目で全てのプライマーが鋳型とアニーリングしてしまえば、p21 = 0 となる。すなわち、プライマーがないので 22サイクル目以降は PCR がかからない。実際は全てのプライマーが消費されることはなく、Mn のカーブは n = 20 以前のサイクルから次第に漸近的になるんだけどね。

さて、我々はまだ理想世界の恩恵を被っている。PCR には鋳型とプライマーの他にも、酵素 (DNA polymerase) と dNTP が必要だ。理想的に PCR がかかるには、酵素の量が Mn に対して大きければ良い、ということはすぐにわかる。活性の低下を無視すれば、酵素は減らない (それが酵素の定義でもある) から計算は簡単だ。DNA の伸長は鋳型が解離した状態で行われるので、2Mn の酵素があれば (理論的には) 充分である。

dNTP の方はそうはいかない。これはプライマーと同じくサイクル数依存的に減っていく。同時に、鋳型の塩基数にも依存する。鋳型の長さを x (bp) (x > 0) としよう。dNTP が必要になる長さは、厳密にいうと「x - プライマーの長さ」なのだが、普通、プライマーの長さは x に比べて充分に小さいので無視する。そして、投入した dNTP の量を d (mol) (d ≥ 0) としよう。

n サイクル目が終わったときの dNTP の量 dn を考えよう。n サイクル目が始まるときの鋳型の量は Mn-1 である。x bp の鋳型は解離し、それぞれに dNTP が対合する。したがって、n サイクルの間に消費される dNTP の量は、

2xMn-1

である。なので、

dn = dn-1 - 2xMn-1 (ただし、d0 = d)

となる。これはプライマーと同じ式だ。1回の消費量がプライマーの 2x倍になっただけである。したがって、

dn = d - 2ax(2n - 1)

が簡単に得られる。1 kb の DNA 断片を増やすのであれば、プライマーの 2 × 1000 = 2000倍の濃度があれば充分であり、実際のプロトコールもこのあたりのオーダーになっているはずだ。

PCR の話をしたので、次はプライマーの Tm 値でも考えてみるかな。いつになるかわからんが。