- 食べ終わったお皿

2005/01/03/Mon.食べ終わったお皿

日本語、特に敬語は難しいと思う T です。こんばんは。

トイレを上品に「おトイレ」ともいう。しかし何故か、おキッチン、おリビング、おダイニング、おエントランスとはいわない。日本語にすると、お便所、お台所、お居間、お食堂、お玄関であり、少なくとも「お台所」と「お玄関」はよく使われる。ゆえに「お便所=おトイレ」同様、これからは「おキッチン」「おエントランス」というのが、正しいセレブの有り方ではないか。俺はセレブじゃないから使わないけれど。

日本人が英語を使わない理由

それにしても「便所」を表す日本語の多さには圧倒される。便所、御手洗い、御不浄、厠。「トイレ」も既に日本語だろう。どうしてこんなに語彙が豊富なのかといえば、日本語には、言い換えることによってタブーを回避しようとする強い傾向があるからだ。そういう意味では「寝室」もそうである。褥(しとね)や閨(ねや)など、音声的にもエロティックな言葉がたくさんある。この法則を逆にとれば、「代替語が多くある言葉はタブーである(あった)」という推論が立てられる。

卑近な例では性器がそうであるし、人の名前も同様である。近世まで、本名は諱であり、それを口にすることは許されなかった。そのため、言い換えが発達する。織田信長の幼名は「吉法師」であり、通称は「三郎」である。彼の家臣達は「上様」「お館様」と呼んだだろうし、信長が入京してからは、市井の人々は「天下様」と彼のことを言った。武家や公家の間では官職名が通用しただろう。いわく、上総介、弾正忠、右大臣。日本語は、自分の国の最高指導者を「ジョージ」とファースト・ネームで呼べる言語ではないのである。

実にこの点が、日本人が英語を使いたがらない理由なのではないか。密かに俺はそう考えている。端的に言えば、自分が務める会社の社長に対して「You」と呼べない、呼びたくないのが日本人なのである。先進国にしては、韓国人もあまり英語が得意でないと聞く。あそこは儒教の国だから、やはり年長者に「You」と言いたくないのだろう。これだけ難しい日本語を操る日本人が、純粋に言語学的な理由だけから英語が苦手とは考えられない。

研究日記

今朝も吉野家。午前中は修士論文を少し書いて、午後からは、昨日処理したサンプルを検鏡。初めて使う抗体で染色したのだが、うまく染まってくれた。サンプル数が多いため、検鏡・撮影に 3時間半ほど費やしたが、非常にクリアな結果が得られて満足。これで週末の研究班会議も安泰だろうか。

外食日記

接客業における言葉の乱れが指摘され始めて久しい。今夜も、俺が訪れた飯屋で世にも珍妙な台詞を耳にした。飯を食い終わった俺が煙草をふかしていると、従業員が寄ってきて、

「食べ終わったお皿をお下げしてもよろしいでしょうか」

とヌカしやがる。何だソレ。彼の表現は二重の意味で間違えている。

  1. 俺は皿を食ってない。
  2. 仮に皿を食ったとしよう。しかし「食い終わった皿」は下げられない。

「毒食わば皿まで」という。お前の店では客に毒を盛っているのか。ふざけるな。