- Diary 2004/05

2004/05/30/Sun.

「大学に入ったらやってみよう」と決心していたことが幾つかあって、その大抵は経験してみた T です。こんばんは。

形を真似しただけのもの、というのも沢山あるんだけれど。それでも、バイト、バイク、ギター、小説、CG など、考えていたことには一通り挑戦してみた。ギターや CG などはとてもモノになったとは思えないが、バイクのようにかなり無茶をして実現した夢もある。バイトや小説を通してできた友人達なども、得難い財産だ。

そういうわけで、ほとんど悔いは残っていないのだが、十数年来ずっと気に掛かっていたことが一つある。油絵だ。

油絵というものを一度は描いてみたいと、俺は小学生の頃から思い続けているのだ。しかしこれまで縁がなかった。とにかく敷居が高い。ギターのように独学で何とかなるとは思えない。

中学、高校と進学するたびに、「美術部に入ろうか」と考えながら止めてきた。幼い頃から身体が弱かった俺は、自分の体格や運動能力に劣等感があり、「このままでは一生ヒョロヒョロとしたままではないだろうか」という危機感を持っていたのだ。それで、中学高校と運動部に所属してきた。半ば強制的に身体を鍛えていたわけである。この選択は誤っていなかったと確信するが、おかげで油絵に接する機会は失われた。

大学に入ってからも油絵のことは頭にあったのだが、美術部か文芸部かの選択で、今度は文芸部に入ってしまった。バイクを買うためにバイトをし、それ以外の時間は義兄弟達と小説三昧。その過程で、多群兄や KID JOE 兄の影響でギターも手にするようになった。大変幸福であったが、油絵からはますます遠ざかる。これが学部三年生まで。四年生からは研究室に入り、バイトを辞めて小説からも遠ざかった。ひょんなことからサイトを運営するようになり、ついでに、前々からやってみたいと思っていた CG で遊ぶようになって現在に至る。

そんな昨今だが、学生生活も残りあと十ヶ月。なぜか急に焦ってしまい、「油絵やりてえ!」という欲求が高騰した。別に学生の間でないとできない、ということはないんだけれど。そんなわけで、バイクを駆って画材屋に行ってみた。

そこで、油絵を始めるには何をどうすればよいのかわからない自分に気付く。

ここからスタートかよ。とりあえず『やさしい油絵』という入門書を買ってきた。絵の具は? 筆は? キャンバスは? 下書きは? 恐ろしいほどに何も知らない。それでも、入門書を読んでいるだけで面白い。モチベーションも上がってきた。今すぐに、というわけにはいかないだろうが、落ち着いたら必ず挑戦してみようと思っている。

2004/05/29/Sat.

保守的ではあるが、ただ頑迷なのはいかん、筋は通っていなければと思っている T です。こんばんは。

皇室問題
2004年 5月、欧州歴訪を前にした会見で、皇太子殿下が「雅子(妃殿下)の人格を否定する動きが一部にあった」と異例のコメント。また、この時点で皇室には直系の皇太孫がおらず、愛子内親王の即位を可能にするべく皇室典範を改定するかどうか、盛んに議論されていた。

長くなるが、最近、少し騒がしくなっている皇室問題について書く。俺個人としては、皇室・皇族というものに、日本人として素朴な敬意を抱いている。日本国民の象徴として、「ザ・日本人」を貫かなければならないという使命は想像を絶する。激務を厭わず、日本を憂い、全日本国民のために完璧な平常を保ちきったままの生活というのは、どれほど大変なことであろうか。また、歴史好きとしては、本朝の歴史において重要な役割を果たし続けてきた家系である点も見逃せない。

さて、そこで皇室典範改定問題だ。現在、皇位継承順位第1位の皇太子殿下には、愛子内親王しかお子様がおられない。皇室典範では、皇位の継承は男児に限ると規定しているから、このまま男児の御誕生がなければ、早晩ややこしいことになるのは明白。混乱を避けるため、早期に皇室典範を改正し、女帝の即位を可能にするべきではないか、というのが改定派の主張だ。

この意見は耳障りが良い。加えて、お得意の「海外では」というヤツがある。英国のエリザベス女王を始め、海外の王室には女王、女帝の例が多数ある。さらに男女平等という世界的な流れ。皇室典範といえども、それは日本国憲法に基づいた法律である。主権者である国民の意思で改定は可能だ。ま、一見、筋は通っているように見えるわな。

しかしだな、と俺は思うのだ。皇室といえども、家庭ではないのか? ある家庭が、誰を跡目にするかで悩んでいるときに、ゴチャゴチャと他人が干渉しても良いのか? 大きなお世話だろう。俺としては、まず、今上天皇陛下がどのように考えておられるのかが知りたい。全てはそれからだろう。天皇家は単なる家庭ではない。皇室典範に「皇位は男児が継承する」と書かれてあるのは、それは何も前時代の価値観に基づく男尊女卑の思想に毒されているからではない。天照大神が言ったからだ。古事記に書いてある。

あ、もう少し我慢して読んで頂きたい。俺は何も国粋主義者ではない。よろしいか。現代でも「御先祖様の言いつけ」を守っている家庭はあるだろう。天皇家も同じである。実在の人物じゃないではないかという議論は成り立たない。誰だって、実際に会った御先祖様など、曽祖父母が限界ではあるまいか。それ以前の御先祖様の言いつけを守っている家庭は沢山ある。天皇家は、そのスケールがやたらデカいというだけの話なのだ。そして、その「言いつけを守っている」こと自体がアイデンティティとなり得る。茶道、華道、歌舞伎。基本的な構図はこれらと同じ。否、天皇家をオリジナルとして、これらはそれをマネしているのだとも言える。プチ天皇家だな。

逆に言うと、男児がいるにもかかわらず女帝が即位したその瞬間、天皇家は天皇家たり得なくなってしまうのではないか。それが俺の心配の正体である。

わかりにくいだろうか。ならば、女が演じる歌舞伎、男が舞台にあがる宝塚を想像して頂きたい。その時点で、それは果たして歌舞伎や宝塚と呼べるだろうか。似て非なるものになりはしまいか。そういう危惧である。形と本質は分けて考えられやすい。しかして、「形こそ本質」という思想が大成したのも日本ではなかったか。伝統技能で、最初にやらされるのが型稽古。形なくして本質なし。形に本質は宿る。形を繰り返すことで、その形そのものが本質となる。

ううん、うまく説明できないなあ。只管打坐という良い言葉もある。これとて禅なのだが。不立文字か。上手に言い表すことができないのも無理はない。

ま、そういうわけで、現時点で俺は皇室典範の改定に反対である。ところで、この問題で俺が再確認したことがある。皇室典範を改定しよう、という気運が高まったのは、愛子内親王が御誕生されてからである。もしもですよ、女帝を認めないのがおかしいと本気で思っているのなら、それは愛子内親王以前から議論されていてもおかしくはなかったと思いませんか?

要するにこれは、法律論ではなく感情論なのだ。法律論であるならば、皇室典範が作られる(作られた)ときに、「女帝を認めないのはおかしい」と議論されなければならない。ということは、皇室典範が作製・公布されたとき、誰一人として「天皇は男」ということに違和感を持っていなかったということだ。これが一つ。

ところが、今は反対に、皇室典範が足かせとなって、直系の男児がいない状態となってしまった。国民の本音は「皇統が絶えるのではないか」という心配にある。そのココロは「天皇家は存続してほしい(存続するのが当たり前)」である。潜在的に日本国民はそう思っている。それが不安となって噴出したのが、昨今の皇室典範改正問題ではないか。これが二つ。

そして、冷静に考えてみると、皇室典範が「皇統が絶えるときはどうするのか」というケースについて、何も考慮されずに作製されているという事実。この、最も単純にして最も危機的なケースについて、皇室典範は何ら選択肢を用意していない。つまり、皆「天皇家が絶える」場面が思い描けなかったということ。これが三つ。

凄いよなあ。上に書いた「天皇は男」「天皇家が存続するのは当然」「天皇家が絶えることがない」、この三つの幻想は、無意識のレベルで、完全に日本国民に刷り込まれている。これぞ歴史の力。

本人も気付かない潜在的なリスペクト。それを全国民から集めている天皇家。この関係がある限り、当分は楽観していても大丈夫なんじゃないかな、というのが俺の感想である。何せ、それが「この国のかたち」なのだから。

2004/05/27/Thu.

長らく御無沙汰していた T です。こんばんは。

前回の日記を書いていたまさにその最中、父から電話があったところまでは書いた。内容は「母がガンである」という、単純にしてシビアなものであった。それが 14日(金)の夜。月曜から1泊で関東に就職活動に行く予定だった俺は、とりあえずその準備だけをしてラボへ。就職活動の資料を用意しながら朝まで待ち、そのまま始発で帰省した。この夜、ラボにはヒゲマン氏が残っておられたのだが、俺の話を聞いた氏は、一度自分の部屋まで帰られた後、クルマを出して再びラボまで戻ってきてくれた。朝まで付き合って頂いた上、荷物満載の俺を駅まで送ってくれたのだった。多謝!

こういうヒゲマン氏の優しさは、まさに本物。身に染みる。お世話になりました。ありがとうございます。

で、帰省して詳しい話を聞いたのだが、ガンは初期のものらしく、手術で切除してしまえば特に問題はないらしい。母も元気そうだったので一安心。週末を実家で過ごして、月曜は朝から関東へ。1泊して次の日、面接を兼ねた研究発表をたっぷり 1時間半。エラく疲れたが、ともかくプレゼンテーションとしては満足な出来。これで落とされたら、それは俺の実力が足りないということなのだろう。

就職活動終了後、再び我が豪邸へ。着替えだけを持って、翌朝(水曜)には再び実家。この日に母が入院。そしてさらに翌日(木曜)には早速手術。転移もなかったようで、オペも無事に終わった模様。あとは日に一度、病院を見舞う他は特にすることもなく、家事やら犬の散歩などをして暮らす。最初の一報を聞いたときは、どうなることかと思ったものだが、終わってみれば何ということもない。ま、それも事無きを得たから言えることではあるのだが。

術後の回復も順調だったようで、予定より早く退院。が、いくら良好とは言え、身体にメスを入れたのだから、そうそう普段通りに動けるものでもない。しばらく様子を見て、ようやく今日、我が豪邸に戻ってきたというわけだ。

さて、我が豪邸に帰還した俺を迎えてくれたのは、

発生源が異なる複数の異臭。

とにかく、取るものも取らず帰省していたので、週末にやっつけてしまおうとしていた雑事どもが、そっくりそのまま、丸10日間以上も放置されていたのだから仕方がない。決して見ることはできないのだが、部屋を歩くだけで、複数の匂いがまだらに漂っていることがわかる。まさに匂いのマーブル・チョコ。

まず酸っぱさの原因、洗濯機。中に突っ込んでおいた汚れ物が、醗酵したような匂いを醸し出している。大量の洗剤をブチ込み、速攻で洗濯スタート。就職活動で使った Yシャツとスーツは、バイクをカッ飛ばしてクリーニング屋へ。一丁あがり。

次に甘ったるさの原因、流し。鍋に水を張ったままで放置していたのだが、不思議なことに、鍋の中に残っていたのはゼリー状の物体。何だコレは。触るのもおぞましいので、とりあえず未確認軟体をトイレに流す。そして流しに熱湯を注ぎ、大量の洗剤とともに鍋を浸す。充分に殺菌できたと信じてから、さらに 30分待った後、洗浄。一丁あがり。

そして生臭さの原因、ゴミ。ベランダに放置していたゴミからも異臭が。雨もよく降ったしなあ。明日がゴミの日ということを考慮して帰ってきたのだが、これは正解だった。とりあえず口を固く結んで、夜になってから捨てに行く予定。

伏兵だったのが冷蔵庫。やれやれ、一通り片付けが終わったので発泡酒でも飲むか、とドアを開けた俺を迎えたのは、カビの生えた野菜ども。忘れていた。直行でゴミ袋行き。勿体ないが仕方がない。

最後に掃除機をかけて、埃っぽさとも Good-Bye! これで掃除関係は終了。100通近いメールと、各種郵便物の処理は明日にするか。銀行も回らねばならん。とりあえず、土曜のプログレスレポートには出席して、ラボの皆様に御挨拶することにしよう。迷惑かけてるし。通常通りになるのは月曜から、かな。

2004/05/14/Fri.

実のところ、このスタイルにも飽きてきた T です。こんばんは。

やれやれ、ようやく金曜日も終わった。というほど今週は働いていないのだが。ホントもうグダグダ。

と書いたところで、ちょうど父から電話があった……のだが……。しばらく更新できないかもしれません。

2004/05/12/Wed.

またもや就職活動の夢を見た T です。こんばんは。

俺が見た夢の世界では「就職試験は 1年に 1社しか受けられない」ということになっている。であるから、誰しもが自分の希望と現実を天秤にかけ、慎重に選定した会社にエントリーしているのだ。

とある会社にエントリーしている俺。めでたく書類審査は通り、面接を受けるところまではこぎ着けた。が、面接を受ける約束はしたものの、日時に関しては「後日連絡する」という段階。一体いつになるのかと、気をもみながらメールを待つ今日この頃である。

そんな状況下で、ようやく待望のメールが届く。

T様
この度は当社の採用に応募して頂き、まことにありがとうございます。
さて、先日御連絡した面接の日程ですが、下記のように決定致しました。
X月 X日 X時 X分〜X時 X分
当社第一会議室にて
なお、X月X日は当社のある XX 地方を台風が直撃するという予報がございますが、
台風上陸のおりには面接中止とさせて頂きます。
台風により貴殿の今年の就職活動が終了されることはまことに遺憾ではありますが、
何とぞ御諒承のほど、よろしくお願い申し上げます。
株式会社 XX 人事部 X田 X夫」

「諒承できるかボケ!」とパソコンに怒鳴ったところで目が覚めた。ビックリさせやがる。

2004/05/10/Mon.

数学の行列は苦手だった T です。こんばんは。

複数の要素が格子状に配置された行列において、「行」と「列」は次のように定義される。

列A
行1 A1 B1 C1 D1 E1
A2
A3
A4
A5

ところが五十音表では、「あいうえお」は「ア行」、「あかさたな……」は「ア段」と呼ばれる。

ア行
ア段

おかしくないか、コレ。「あいうえお」は「ア列」と呼ぶべきだし、「あかさたな……」は「ア行」と称すべきだ。例えば「マ行4段活用」は「マ列4行活用」とするのが相応しいと思うのは俺だけか。それが嫌なら下のように五十音表を改訂すれば良い。

ア列
ア行

これなら「段」を「列」に言い換えるだけで「マ行4列活用」ということができる。違和感は少なくなるはずだ。しかし、横書きの五十音表には激しい抵抗感が湧くなあ。

2004/05/09/Sun.

各方面に不義理を働いている T です。こんばんは。

GW が終わって、就職関係の動きが活発になってきた。これの優先順位は当然 1位であり、その座は不動である。そのため(というと言い訳になってしまうのだが)、色々と連絡を怠ったり、お誘いを断ったりと、勝手な真似ばかりしている。大変申し訳ない。

昨夜も、就職活動で使うために準備しているスライドが、カシャカシャと夢に出てきた。はっきりいって病気である。この病気が癒えるまでは、まだまだ義理を欠くこともあると思うと、まことに忸怩たるものがあるが、どうぞ許してやって下さい > 各位。

フェイズが違う
生理学、遺伝学、形態学は、英語では physiology、genetics、morphology。扱う対象そのものが学問の名前となっている。

話を変える。自分の専攻を取り上げて言うのもなんだが、分子生物学というのは奇妙な学問である。生理学や遺伝学に形態学と、生物学の中にも色々あるが、これらは何がしたいのかがよく理解できる。生理や遺伝というのは現象だし、形態というのは具体的なモノである。こういった、確固たる現象・モノを研究する学問ってことだろう。

対して分子生物学、これは何だ。あまりにも漠然としている。英語では molecular biology だから、より正確に訳すなら「分子的生物学」とでもなろうか。要するに、生物を分子の観点から捉えたり、分子の集合として解釈するわけである。しかしそれは観念であり哲学であり思想だろ? 学問なのか? 少なくとも「生理学」や「遺伝学」の指す「学」とはフェイズが違うわな。

さらにややこしいのが、生物物理学、生物化学など、複数の学問が統合された分野である。生物物理と言われても、生物なのか物理なのか、両者の関係はどうなのか、全く曖昧である。ところが、生物物理学も英語にすると biological physics となって、これは生物学的物理学であるから、形容と主体がハッキリする。結論から言えば、訳し方が悪い。悪いというのが主観的なら、不正確といっても良い。誤解や誤読を許す余地のある訳し方であることは確かだ。

この手の問題は、日本語の総説を読んだり、日本語でレポートを書くときに顕現する。英語と日本語の相違点と科学の関係、などというテーマを話題にするとキリがないが、現在の「科学」のパラダイムに則った記述をするには英語の方が適しているのは明白である。善悪の問題ではない。そういう風になっているのだから、これは受け入れるしかない。というか、日本語で読み書きする方が苦痛な場合も多々ある。

アミノ酸・側鎖
アミノ酸の分子式は COOH-CHR-NH2。R が側鎖。側鎖の種類がアミノ酸の性質を決定する。例えば「側鎖の性質」を「アミノ酸の性質」と言っても間違いではないが、「側鎖の酸素原子」を「アミノ酸の酸素原子」と言うと、たちまち話が曖昧になる。

何が言いたいのかと言うと、つまり、自分の研究を易しく説明するのは途方もなく難しいということ。ある程度以上に複雑な概念を説明するには、やはり難しい単語を使用するのが良い。良い、というのも主観的だな。正確に伝達できるということである。難しい単語というのは、適用できる範囲が狭いというのと、ほぼ同義。特異性が高いわけである。だから正確でもあるわけだ。

極端な例を挙げるならば、「アミノ酸」「側鎖」の違いである。大抵の場合は「アミノ酸」で済むかもしれないが、どうしても「側鎖」という言葉を使わなければならない場面に出くわすこともあろう。そのとき相手が「側鎖」という言葉(概念)を知らなければどうするか? 説明するか、それとも「アミノ酸」で通すか?

知らない、というのが明らかな場合はまだ良い。知っているのかどうかわからないケースの方が圧倒的に多い。わかりきったことを延々と説明するのは野暮であり、失礼であり、何よりも俺がアホに見えてしまう。しかし知らないかもしれない。キーとなる概念が不明確のまま、どんどんと話を先に進めたとしても、それは意味不明な言葉の羅列となってしまうであろう。

悩むところだ。まだまだ病気は完治しそうにない。

2004/05/05/Wed.

すっかり遊びほうけた T です。こんばんは。

我が豪邸のすぐ裏手が山であるということは、これまでにも日記で書いたことがあると思う。引っ越してきたばかりの頃は、玄関を出ると目の前に木々が立っており、夏などはドアにカブトムシが張り付いていたこともあったが、ここ2年ほどで、エラく綺麗に整備されてしまった。斜面の木を伐採してコンクリで固め、台地状になった伐採跡地には芝生が植えられ、ちょっとした土手側公園気分である。

こんな感じ。

裏山

天気の良い日など、芝生や木々が緑に輝く。何を隠そう、肝心の建物は北向きに建っているくせに、この部分は南側なのだ。日当たり良く、斜面も付いたこの地形は、小学生にとっては格好の遊び場に見えるらしい。休日には彼等が遊んでいる姿も見受けられる。何か釈然としない。家賃で整備した(であろう)この芝生、お前らだけに使わせるか!

そういうわけで、たまにビールなどを持ち出して飲むこともある。

缶ビールと煙草

玄関から 10 m ほどで、軽い行楽気分。何か貧乏臭いな。とはいえ、これが結構気持ち良かったりする。何より、わざわざ時間をかけて出かけなくても良いのが、面倒臭がり屋の俺にはうってつけ。

しかし、この場所からは各部屋の玄関が丸見えになるので、あまり長居しようものなら通報されかねないので要注意だ。

2004/05/02/Sun.

全力で遊んでいる T です。こんばんは。

昨夜は Dr. A、ヒゲマン氏、N.N.嬢、K.N.嬢とともに、Dr. A が案内してくれた魚屋(?)で酒宴。久々に旨い魚を堪能し、そのままカラオケへ。これらの面々と歌いに行ったことはなく、一体いかなる曲が披露されるかと楽しみにしていたのだが、

みんな選曲が古過ぎ! 平均取ったら間違いなく 80年代。

かくいう俺もヒドいものだったがな。いやにテンションの低いヒゲマン氏の選曲、やけにコブシの効いた N.N.嬢の山口百恵などの中で、一際輝いていたのが Dr. A の美声。

いやあ、楽しかった。また行きましょう。

2004/05/01/Sat.

さすがにこの 1週間は就職活動もなく、GW を満喫中の T です。こんばんは。

一昨日 29日は S海岸、昨日 30日は鳥取砂丘へとツーリング。これについては、またツーリング記録を書くつもりなので、そこで詳しく御紹介しようと思う。そして今夜は Dr. A、ヒゲマン氏らと酒宴。いいんかな、こんなに遊んでて。

今日の自炊日記。卵かけ御飯 × 2。卵かけ御飯は、何と言ってもその圧倒的なコストパフォーマンスの良さと、飯さえ炊けていれば 20秒後には食えるという小回りの良さが持ち味だ。卵かけ万歳!

コストパフォーマンスといえば、最近やたらと発泡酒を飲んでいるので、ついに 24缶入りを箱買い。これで大体 110円/缶 (350 ml) と、自販機の一般飲料レベルの価格になる。ただ、「いっぱいあるから」と、ついつい余計に飲んでしまいそうになるのには気を付けなければ。

天気が良いので、掃除洗濯も一通り。暖かくなってきたのでカーペットを撤収。収納する前に軽く干しておこうと思い、外に出して傘で叩くと、あり得ない量のホコリが発生。今までこんなものの上で生活していたのかと反省。掃除機はこまめにかけねばならんな。