- メタ・サンクス

2003/12/17/Wed.メタ・サンクス

押しつけがましい風潮の世の中に苦笑いの T です。こんばんは。

コンビニのトイレなどでよく目にする張り紙に「いつも綺麗にご使用頂き、ありがとうございます」というものがある。なんなんだ、コレは。

「いつも」と言われたって、ココを使うのは初めてというときもあるし、なにしろ、まだ「ご使用」していない状態で目に入ってくる場合の方が多い。それなのに「ありがとうございます」と、あらかじめ礼を言われたって困るばかりだ。要するにこれは「こっちは最初から頭を下げているんだから、オマエも気持ちを汲み取って綺麗に使え」ということだろう。頭を下げる相手に日本人は弱い。使用者の罪悪感を喚起しておき、思惑通りに行動させようという意図なのだろう。

宣伝のためのティッシュ配りというものがある。これも同じで、受け取った人は「タダでティッシュ(実用性があるもの)を貰ってしまった」という罪悪感のためから広告に目を通しやすくなる、という話がある。これがティッシュでなくチラシなら、こういう感覚は湧かないだろう。

さて、視点を変えて「いつも綺麗にご使用頂き、ありがとうございます」というテクストを純粋に文章としてみると、これはこれで興味深い。このテクストにおける「ありがとうございます」の発言者は時制的に未来にいる。ところがこの発言者が何に対して礼を言っているかというと、これも現在に対してではなく未来に対してなのである。それも確定してはいない、不確定の未来にである。

通常の生活でも、確定的な未来に対して礼をいうことはある。例えば何かの催しの幹事に任命された人に対して、任命直後に「ご苦労様です」と言うことはあるだろう。この場合、その人がこれからなすであろう幹事としての仕事に対してあらかじめ礼を言っているわけである。

ところが「いつも綺麗に〜」の場合、これは「不確定未来に対する、更なる未来からの感謝」となるわけで、相当ややこしい。このように発せられる感謝を「メタ・サンクス」と呼ぶことにしよう。メタ・レヴェルからの感謝という意味だ。

最初の段で少し考えたように、メタ・サンクスは現在の人間に対して、無数に選択肢が存在する不確定の未来の中から、発言者の望む未来の選択を穏やかに強制する効果がある。テクストとしての解釈は文学者にでも任せ、我々一般人は、日常生活の中でメタ・サンクスをどう有効的に応用するかを考えよう。

ケース A
新任の上司が赴任してきたとき、あらかじめ言う言葉として。
「いつも親切に御指導頂き、ありがとうございます」
ケース B
買うか買うまいか迷っている客に対し、店員が深々と頭を下げて。
「いつも御購入して頂き、まことにありがとうございます」

……こうして書いてみると、あまり品の良いもんじゃねえな。要するに嫌味であり、プレッシャーであるわけだ。複数人で飯を食いに行って「ごちそうさん」と早々に席を立つ奴と、基本的には同じ精神構造から発せられているわけで、これが上品になろうはずがない。丁寧ぶっている分、慇懃な感じは否めない。企業イメージを下げたくないならば、この論法は使わない方が良策と思うけどな。