- 『イカの心を探る 知の世界に生きる海の霊長類』池田譲

2012/10/29/Mon.『イカの心を探る 知の世界に生きる海の霊長類』池田譲

本書はイカの社会性、知性を中心としたイカ学の紹介である。

イカは特に日本でポピュラーな海洋資源であるが、その生物学的実態について、我々はあまり知らない。例えば多くのイカが単年生であることを私は知らなかった。また、イカの形態的特徴といえば巨大な眼球であるが、それが色覚を欠いていることも初めて知った。本書の前半では、イカの基本的な智識から、その困難な飼育方法に至るまでが、著者の思い出などとともに語られる。

ところで、イカは巨大脳の持ち主である。脳が大きければ知性もあろう。実際、同じ頭足類で、やはり巨大な脳を有するタコでは、記憶・学習の研究が進んでいる。タコが賢いのはよく知られた事実である。しかし、イカとタコには行動学的に大きな違いがある。タコは自分の巣を構え、単独で行動することが多い底生的な生物だが、一方、イカは群れをなし、集団で外洋を回遊する。したがってイカの知性は、タコのそれとはまた少し違うのではないか。具体的には、イカの知性はその社会性と関係しているのではないか。それが著者の考えである。

本書の中盤以降では、イカの知性・社会性を検証する様々な実験が紹介される。記憶と学習に関わる古典的な実験は、イカに短期記憶と長期記憶が存在することを示している。そして鏡を用いた鏡像自己認識の検証は、どうもイカは「自分」がわかっているのではないか、という結果を導き出す。少なくともイカは「他人」、すなわち個体識別はしているようである。事実、イカの群れには順列があり、役割分担がある。彼らが示すこのような知性・社会性は、その成育環境から強い影響を受けていることも示されている。単独で飼育されたイカは、記憶・学習・社会性に劣るというのである。

これらの実験結果は、数々のグラフや写真によって明瞭に述べられる。データの解釈は詳しく、しかし易しく書かれているので、その驚くべき内容を理解することは難しくない。

生物学でイカといえば巨大神経、Andrew Fielding Huxley 博士による電気生理学の実験が有名だが、その程度の認識では時代遅れのようである。現在のイカ学を概観するのに最適の一冊といえよう。

(Wikipedia によれば、Huxley 博士は本年五月三十日に亡くなったとのこと)