- 『切磋琢磨するアメリカの科学者たち』菅裕明

2012/09/01/Sat.『切磋琢磨するアメリカの科学者たち』菅裕明

副題に「米国アカデミアと競争的資金の申請・審査の全貌」とある。また "Rivalry Mind in American Scientists" という英語も付されている。"Rivalry" という単語を見たのは初めてである。

本書の中心は以下の三章である。

研究者であればいずれも断片的には知っている情報だが、その深部や詳細となると知らないことも多い。特に第2章の、ポスドクが Assistant Professor (non-tenure) になる際の選考や、Assistant Professor が Associate Professor (tenure) に昇進するための審査の過程は非常に興味深い。

第3章では、NIH grant (R01) の審査過程が詳述される。申請側からだけではなく、審査側(申請者と同じ科学者である reviewer)や運営側(NIH staff)の事情も明かされる。ここでは、著者が実際に NIH grant の審査をした経験が存分に生かされている。

より重要なのは、第1章を含め、個々のシステムが互いに関連し合いながら米国の科学技術研究を支えているという理解である。例えば、採用や昇進の際には論文発表と同等以上に研究費の獲得状況が重視される。なぜなら、NIH grant の審査は厳正厳密厳格な peer review によってその質が担保されており、その獲得状況は申請者の能力を如実に反映するからである。また、研究費には間接経費が含まれる。これは大学当局の収入でもある。大学は間接経費によって様々な設備やプログラムを整える。優秀な研究者、そして学生(大学院生には給料も払わねばならない)を獲得するためである。などなど。

このようなシステムの全体を把握しない限り、一部の構造だけを米国式に変えても日本では上手くいくわけがない、というのが著者の指摘である。例えば、最近は日本でも助教が任期制となっているが、講座制における助教は研究室の主宰者ではない。小なりといえども独立した研究室の主宰者である Assistant Professor とは根本的に異なる。

米国留学を考えている人は読む価値がある。そうでない人が読んでも、憂鬱になるだけかもしれない。彼我のシステムや思想の格差はそれほど大きい。