- 『ハチはなぜ大量死したのか』ローワン・ジェイコブセン

2012/08/13/Mon.『ハチはなぜ大量死したのか』ローワン・ジェイコブセン

中里京子・訳。原題は "Fruitless Fall: The Collapse of the Honey Bee and the Coming Agricultural Crisis"

ミツバチが示す社会性には瞠目すべきものがある。そして、彼女たちは社会的であるばかりでなく、我々の最も重要なパートナーの一種でもある。

そんな彼女たちが死の崖に立たされている。本書のテーマは、二〇〇〇年代後半に北米を襲った蜂群崩壊症候群 CCD (colony collapse disorder) である。これに関連して、ミツバチの社会と生態、養蜂業の発展とミツバチ交配の歴史、現代に生きる彼女たちが曝される工業化された農業の現場、生態系における問題点などについて詳細に述べられる。

ミツバチはただ蜂蜜を得るためだけに飼われているのではない。今や彼女たちの最も重要な仕事は、広大な農地に植え付けられた作物の受粉である。米国では、中国から輸入された安価で粗悪な蜂蜜の紛い物が出回るようになってから、古典的な養蜂業は壊滅の危機に瀕した。破滅を救ったのは、近年増産が目覚ましいアーモンド産業である。アーモンドは自家受粉ができないので、実を付けるには膨大な数のミツバチが必要となる。そこで、アーモンドの木で埋め尽くされたカリフォルニア州に、全米各地からミツバチが集まってくる。受粉のためのレンタル業であり、この仕事なくしては養蜂家は最早生計を立てることができなくなっている。

ミツバチの仕事はアーモンドの受粉だけではない。リンゴ、オレンジ、ブルーベリー。ありとあらゆる商品作物は、ミツバチによる受粉を必要としている。巣箱に住まう彼女たちは、トラックに乗せられ、数週間ごとに大陸の各地を巡業する。ライフサイクルの乱れ、単一作物による栄養の偏りと農薬の摂取、全土のミツバチとの乱交は彼女たちの身体を蝕み、免疫力を低下させる。ウイルス、細菌、寄生虫の蔓延は日常となり、ゲノムを解析しても何が致命的なのかわからないほどの多重感染が明らかになるだけである。彼女たちを死なすまいと、養蜂家は強力な抗生物質を投与するが、この行為は、殺すべき敵に新たな耐性を与えて余計に問題を難しくするだけに終わった。

そして、世も末というべき現象が出来する。

今や、ミツバチ用プロテインジュースの時代なのである。卵、ビール酵母、花粉、砂糖、それ以外の謎の材料などを混ぜた秘伝のレシピを使って養蜂家が手作りする場合もあるし、市販されているものもある。今市場でもっとも売れているミツバチ用たんぱく質サプリメントは、「メガビー」と呼ばれる、たんぱく質、脂質、糖分、ミネラル、ビタミンのブイヤベースだ。これがコーンミールのパンケーキのようなパテ、もしくはコーンミールのスムージー(フルーツをヨーグルトやアイスクリームや氷といっしょにミキサーにかけた飲み物)のような液体の形で販売されている。メガビーは、「ツーソン・ミツバチ食餌法」として知られるミツバチ養生法の基幹商品で、ツーソンのミツバチ研究センターにおいて、グローリア・デグランディ・ホフマンと同僚研究者らによって開発されたものだ。

(第八章「複合汚染」)

我々は、いかにしてこの危機を乗り越えたら良いのだろう。最良の方法は、自然の摂理に学ぶことである。本書の後半では、CCD を克服するための様々な試みの紹介を通じて、精妙で素晴らしい生態系の秘密を学ぶことができる。生物の進化がもたらしたシステムと、現代農業の宿痾との対立が、恐ろしいほどの鮮やかさで読者の眼前に迫るだろう。

生態系、昆虫、農業、食料、環境問題などに関心があるのならば、必読を推したい一冊である。