- Book Review 2012/08

2012/08/25/Sat.

山田耕介、山田侑平・訳。原題は "The Coldest Winter: America and the Korean War"

大変な労作である。そして抜群に面白い。大部なので内容を要約するのは困難である。以下、思い付くままに書く。

米国において朝鮮戦争は「忘れられた戦争 forgotten war」であるらしい。今でもヴェトナムが語り続けられていることとは対照的である。いずれの戦争も、米国と共産主義陣営の代理戦争であった。いずれの戦争でも、米軍は苦戦し、幾つかの戦闘では散々に打ち破られた。いずれの戦争も、米本土とはかけ離れたアジアの地で展開された。なのに、朝鮮戦争に関する米国民の関心は薄いという。

本書は、その朝鮮戦争を主に米軍の視点から、巨細漏らさず記述したものである。読者は、あるときは国家の指導者の視点から、西側と東側に分かたれようとしている世界の暗雲の行く末を考えさせられる。次の場面では、朝鮮戦争で無数に行われた数々の激闘の一つ一つ、その凄惨で苛烈な様を、分隊長と一緒に目の当たりにすることになる。また別の章では、次々に登場する人物、トルーマン、マッカーサー、スターリン、毛沢東、蒋介石、金日成、李承晩、そして無数の将校や兵卒のそれぞれの生い立ち、信念、履歴を、時空を越えて眺める。

戦争が、個々の人間の具体的な行動の総体であることを改めて認識させられる。

ところで、日本人にとって興味深いのは、ダグラス・マッカーサーがボロクソに書かれている点であろう。彼の様々な問題、特に大統領や参謀本部に対する命令不服従、究極のナルシシズムがもたらす神格化はよく知られるところであるが、日本ではあまり問題にされない。何しろ彼は成功したのである。日本を打ち破り、戦後の統治も、まずは恙なくやり遂げた。「ありがとうマ元帥」というわけである。

しかし、マッカーサーは朝鮮で失敗した。彼は北朝鮮人民軍の戦力を侮り、米軍の実力を過大評価していた。東洋人に対する差別意識も一因だった。戦場の実情を把握せず、部下たちに厳寒の朝鮮半島を夏用装備で行軍させた。中国は参戦しないと考えていたからだが、鴨緑江には数十万の中国軍が待ち構えていた。正しい情報に耳を貸さず、まともな判断ができなかった。結果的に多くの米兵が死んだが、彼は何の責任も取らなかった。この時期のマッカーサーがいかに司令官としての資質を欠いていたか、それは次の事実が雄弁に物語る。彼は一晩たりとも朝鮮半島で夜を明かすことはなかったのである。

さて、原題が示すように、本書の主題はあくまで米国であり、戦場を除いた主な舞台は米政府、議会、および米軍である。人民軍、義勇軍は米軍の敵として登場するが、友軍である韓国軍がこの時期いったい何をしていたのか、本書ではほとんど触れられない。韓国政府も同様である。日本に至っては全く記述がない。

朝鮮戦争は日本にとっても大きな意味を持つ戦争であった。警察予備隊、後の自衛隊が創立されたのも朝鮮が影響している。軍事特需は日本経済の復興を多いに後押しした。サンフランシスコ平和条約、そして日米安全保障条約と、戦後日本の軌跡を決定した方針にも朝鮮戦争の影が色濃い。しかし米国同様、日本においても朝鮮戦争は忘れられている感がある。

2012/08/13/Mon.

中里京子・訳。原題は "Fruitless Fall: The Collapse of the Honey Bee and the Coming Agricultural Crisis"

ミツバチが示す社会性には瞠目すべきものがある。そして、彼女たちは社会的であるばかりでなく、我々の最も重要なパートナーの一種でもある。

そんな彼女たちが死の崖に立たされている。本書のテーマは、二〇〇〇年代後半に北米を襲った蜂群崩壊症候群 CCD (colony collapse disorder) である。これに関連して、ミツバチの社会と生態、養蜂業の発展とミツバチ交配の歴史、現代に生きる彼女たちが曝される工業化された農業の現場、生態系における問題点などについて詳細に述べられる。

ミツバチはただ蜂蜜を得るためだけに飼われているのではない。今や彼女たちの最も重要な仕事は、広大な農地に植え付けられた作物の受粉である。米国では、中国から輸入された安価で粗悪な蜂蜜の紛い物が出回るようになってから、古典的な養蜂業は壊滅の危機に瀕した。破滅を救ったのは、近年増産が目覚ましいアーモンド産業である。アーモンドは自家受粉ができないので、実を付けるには膨大な数のミツバチが必要となる。そこで、アーモンドの木で埋め尽くされたカリフォルニア州に、全米各地からミツバチが集まってくる。受粉のためのレンタル業であり、この仕事なくしては養蜂家は最早生計を立てることができなくなっている。

ミツバチの仕事はアーモンドの受粉だけではない。リンゴ、オレンジ、ブルーベリー。ありとあらゆる商品作物は、ミツバチによる受粉を必要としている。巣箱に住まう彼女たちは、トラックに乗せられ、数週間ごとに大陸の各地を巡業する。ライフサイクルの乱れ、単一作物による栄養の偏りと農薬の摂取、全土のミツバチとの乱交は彼女たちの身体を蝕み、免疫力を低下させる。ウイルス、細菌、寄生虫の蔓延は日常となり、ゲノムを解析しても何が致命的なのかわからないほどの多重感染が明らかになるだけである。彼女たちを死なすまいと、養蜂家は強力な抗生物質を投与するが、この行為は、殺すべき敵に新たな耐性を与えて余計に問題を難しくするだけに終わった。

そして、世も末というべき現象が出来する。

今や、ミツバチ用プロテインジュースの時代なのである。卵、ビール酵母、花粉、砂糖、それ以外の謎の材料などを混ぜた秘伝のレシピを使って養蜂家が手作りする場合もあるし、市販されているものもある。今市場でもっとも売れているミツバチ用たんぱく質サプリメントは、「メガビー」と呼ばれる、たんぱく質、脂質、糖分、ミネラル、ビタミンのブイヤベースだ。これがコーンミールのパンケーキのようなパテ、もしくはコーンミールのスムージー(フルーツをヨーグルトやアイスクリームや氷といっしょにミキサーにかけた飲み物)のような液体の形で販売されている。メガビーは、「ツーソン・ミツバチ食餌法」として知られるミツバチ養生法の基幹商品で、ツーソンのミツバチ研究センターにおいて、グローリア・デグランディ・ホフマンと同僚研究者らによって開発されたものだ。

(第八章「複合汚染」)

我々は、いかにしてこの危機を乗り越えたら良いのだろう。最良の方法は、自然の摂理に学ぶことである。本書の後半では、CCD を克服するための様々な試みの紹介を通じて、精妙で素晴らしい生態系の秘密を学ぶことができる。生物の進化がもたらしたシステムと、現代農業の宿痾との対立が、恐ろしいほどの鮮やかさで読者の眼前に迫るだろう。

生態系、昆虫、農業、食料、環境問題などに関心があるのならば、必読を推したい一冊である。