- Book Review 2012/03

2012/03/13/Tue.

倉骨彰・訳。原題は "Guns, Germs, and Steel: The Fates of Human Societies"

現在の世界には地域格差がある。現生人類が誕生したアフリカの国々の大半は今なお貧しい。アメリカ北部は富裕であるが、この地ではヨーロッパ移民の子孫が覇権を握っており、原住民の影は薄い。オーストラリアでも同様である。

どうしてこのような状態になってしまったのか。アメリカ大陸でいうなら、それは、欧州の連中が原住民を征服したからである。ではなぜ、ヨーロッパ人はアメリカ原住民に勝利できたのだろうか。彼らが優れた文明——政治、経済、軍事、科学、技術などの先進システム——を有していたから、と答えるのは簡単である。しかし、ではなぜ、ヨーロッパ(を含むユーラシア大陸)の文明は、アメリカ大陸のそれを上回って進化したのだろうか。その逆はどうして起こらなかったのか。

本書では、この疑問に対する「究極の要因」を求めて広範な考察が繰り広げられる。著者自身による要約は以下の通りである。

「歴史は、異なる人びとによって異なる経路をたどったが、それは、人びとのおかれた環境の差異によるものであって、人びとの生物学的な差異によるものではない」

(「プロローグ」)

一万三〇〇〇年前までには、人類は南極大陸を除く全ての大陸に進出していた。この時点において、各大陸に居住する人類(社会)の間に明確な差はなかった。この後に農耕社会が出現し、文明は各地で独自の進化を始めるわけだが、本書ではその速度を規定する要因として、以下の諸点が挙げられる。

本書では、これらの仮説が様々な角度から検証される。生物地理学、文化人類学、言語学、歴史学の最新の知見が動員され、次々と論拠が提示されていく。示されるデータは膨大だが、論旨は明快であり、論証は痛快ですらある。検証が特定の地域に偏ることもなく、むしろ非先進地域に関する考察が多い。

人々の置かれた環境がその発達を規定するという、考えてみれば当然とも思えるパラダイムを確立した一冊。今後の展望としては、シミュレーションによる数理モデルの検討などが考えられる。そのような研究があれば是非とも目を通したい。

2012/03/12/Mon.

木村博江・訳。原題は "Decoding the Heavens: Solving the Mystery of the World's First Computer"

一九〇一年、ギリシアのアンティキテラ島沿岸で発見された古代の沈没船から、青銅製の奇妙な機械が引き上げられた。それは、小さくも精巧な歯車が幾つも組み合わさり、近代の時計にも通じる複雑な機構を備えていた。考古学的研究から、この機械の製作年代は紀元前一〇〇年頃と推定されたが、その完成度は当時の技術水準からかけ離れており、もしも本当なら、科学技術史の書き直しを要求するものであった。しかも——、機械の用途は全く不明。

本書は、アンティキテラの機械に魅了された人々が、その謎を解き明かしていく物語である。様々な研究者が、熾烈で、ときに陰湿とまで思える競争を繰り広げ、徐々に機械の秘密を暴いていく過程は圧巻である。独創性に富む数々の仮説が立てられては破られる。そして……、現代の最新技術を駆使してようやく明らかにされるこの機械の正体と、その背後に見える古代社会の煌めきに、読者は驚きと感動を覚えるだろう。

ギリシア人がその知識をさらに進歩させていたら、産業革命は千年以上早く起きていただろう。クラークは語った。「そしていまごろ私たちは、月のあたりで足踏みしたりせずに、近くの星へ到達していたでしょう」

(「Ⅳ 科学史は塗りかえられた」)

アーサー・C・クラークをしてそう言わしめたアンティキテラの機械とは何だったのか。その答えについては是非本書を読んでほしいが、Wikipedia にも詳細な記述があるので、忙しい方はそちらを参照することで概要を掴むことができる。

これほどの驚嘆すべき遺物について、私は全く何も知らなかった。ゆえにこの物語をより堪能できたのだが、この機械についてはもっと知られるべきだと思う(私が知らなかっただけで、実は非常に有名である可能性もあるが)。

本書は、機械の謎を解いていく探偵小説であり、優れたサイエンス・ノンフィクションであり、興味深い題材による科学技術史である。まさに巻措く能わざる一冊。