- 『構造主義進化論入門』池田清彦

2011/04/24/Sun.『構造主義進化論入門』池田清彦

構造主義進化論とは何か。

ナメクジウオのようなものが何らかの理由で脊椎動物になったとしよう。そうすると、一度脊椎動物になったら、発生経路に制約された脊椎動物以外のものにはまずならないのである。

[略]

すこしでも環境に適したものは生き延びる確率が高く、環境に適さないものは死ぬ確率が高いことは確かである。生きているものに自然選択が働くと考えること自体は、正しい。

しかし、系統の基礎となるような発生的な制約を、すべての生物は持っているから、自然選択の結果、適応的な変異が生き残ることはあり得ても、この制約を離れて形が無制限にどんどん変化していくことはあり得ないのである。

[略]

つまり、ダーウィン的な考え方では、分岐したときはほとんど同じだが、突然変異と自然選択によって徐々に変わって、まったく違った生物群ができると考える。形の大変化は事後的に決まる。

しかし、構造主義生物学では、システム(構造)が同じである種分岐は、たとえ古い時代に起こっていたとしても、瑣末であると考える。新しいシステム(構造)は一気に定立し、システム(構造)の定立だけが、真の高次分類群の起源にあるのだ。

(第五章「構造主義進化論」)

核にあるのは、「生物というのは、もとの形から無限にどんなものにでもなるわけではなくて、ある拘束性があって、そのなかでしか変形[トランスフォーメーション]できないという考え」である。なぜなら、生物に生じる変異は自然選択=外部選択に曝される以前に、発生という、非常に強い「内部選択」を受けるからである。

つまり、DNA に変化が起きたとき、どのような DNA の変異でも許されるわけではなく、システムに許容されて発生可能な DNA の変異もあれば、システムに許容されず、発生できずに死んでしまう DNA の変異もある。

(第五章「構造主義進化論」)

この制約から逃れられる形で最も起こりそうな変化は、加算的なものである。

極端なことをいうと、発生がとりあえずうまくいくシステム(構造)があるにも関わらず、それを棄却して新しい別の構造に切り替えるのは、難しい。生き残れない確率が高い。一番生き残れる確率が高いのは、今までのシステムをそっくり温存したままで、すこしだけ新しいシステムを加える方法だ。これが一番単純で一番うまくいく。

(第五章「構造主義進化論」)

重要なのは、新たに加えられる構造は恐らく恣意的なもの、すなわち偶然であるだろうという指摘である。発生し得た偶然の産物は、その後に自然選択によって淘汰を受ける。

当たり前の話ではある。が、自分の考えていることと共通点があって面白かった。

一つは、病気の program は発生のそれに比べて完成度が低いだろいうという推測(「病気と目的」「病気と目的(二)」)である。外部選択より内部選択の圧力の方が強いのであるから当然である。生殖期の後に発現する病気などは外部選択すら受けていない。

もう一つは、「生命現象の大半は『場当たり的』で『なし崩し的』なのだろう」という直感である。それが場当たり的に見えないのは、後に外部選択を受けているからである。これはもっと精確に書き改める必要がある。すなわち、「各生命現象の誕生経緯は『場当たり的』で『なし崩し的』なのだろうが、その後の外部選択によって、適応したように見える(相対的には実際に適応している)」。

また、本書では次のようにも書かれている。

大分前から私は、適応とは、生物が突然変異と自然選択の繰り返しで、生息する環境に徐々にフィットしていくことではなく、形質が急激に変化したので、最も生息しやすい環境に進出した結果であると主張している。

(「学術文庫版まえがき」)

本書では、(ネオ)ダーウィニズムに対する批判にも大きく紙幅が割かれている。ダーウィニズムは進化の要素を全て DNA の変異に還元して考えたことに問題がある、というのが要旨である。DNA という物質に生じる変化は等質ではある(だからダーウィニズムでは「徐々に」進化が起こる)が、構造的には必ずしもそうとは限らない。

豊富な事例や歴史的経緯とともに、進化論を考え直す機会を与えてくれる一冊。