- Book Review 2010/01

2010/01/20/Wed.

カバー裏には「記録文学」とあるが、吉村昭の作品であるからノンフィクションと考えて問題ない。

日本の戦艦、否、あらゆる船の中で最も有名なのは「大和」だが、同じ大和級二番艦の「武蔵」にスポットが当たることは少ない。初陣ともいえるレイテ沖海戦で轟沈してしまったのが大きな理由だろうか。一方の「大和」はレイテを生き残り、帝国海軍最後の作戦に参加し、本土の沖で沈んだ。このような経緯は日本人の情緒をくすぐる。

本書は「武蔵」の建造から沈没までを描いたものだが、前半 2/3 が建造秘話で、後半 1/3 が戦記となっている。戦記部分の記述は意外と淡泊で、建造のくだりとは対称的である。戦記物が好きな方は注意が必要だが、その建造にこそ「大和」「武蔵」の本質があるという著者の視点はある意味で正しい。

大和級戦艦は帝国海軍の大艦巨砲主義を体現したものだが、当時、既にこの思想は時代遅れであることが自覚されており、計画されていた三、四番艦の建造も中止されている。それでも、「武蔵」の建造に尽くしていた三菱長崎造船所の所員にとって、自らが手がける「不沈戦艦」は絶対のものであった。

所員たちには、一つの確信があった。自分たちのつくっているこの巨大な新型戦艦が海上に浮べば、日本の国土は、おそらく十二分に守護されるだろう……と。かれらは、この島国の住民の生命・財産が、自分たちの腕にゆだねられているのだという、強い責任感に支配されていた。そのためにも、かれらは、一刻も早く、しかも完璧な姿でこの巨艦を戦列に加えたいという願いをいだきつづけていた。

信じ難いことだが、21 世紀の今になっても、大和級の主砲口径と排水量は戦艦として史上最大である。資源の乏しい当時の日本で、このような巨艦を建造するのは想像を絶するほどの困難だった。加えて、大和級戦艦はその存在自体が極秘扱いだったので、建造には、機密の保持という足枷を嵌められながらの作業を強いられた。

建造に携わった幹部、所員が舐めた苦労は数限りない。そのエピソードの一つ一つに胸が熱くなる。問題が起こるたびに苦悩する渡辺建造主任の姿を読むと、こちらの胃までが痛くなってくる。巨大な「武蔵」が全貌を現し、前例のない進水を迎える場面は本書の白眉である。

「大和」「武蔵」に少しでも興味のある向きには必読の一冊であろう。