- 『素粒子物理学をつくった人びと』ロバート・P・クリース/チャールズ・C・マン

2009/06/15/Mon.『素粒子物理学をつくった人びと』ロバート・P・クリース/チャールズ・C・マン

鎮目恭夫、林一、小原洋二、岡村浩・訳。原題は "THE SECOND CREATION"。副題は "Makers of the Revolution in 20th-Century Physics"。

タイトル通りの内容だが、特徴的なのは、物理学者への直接のインタビューがふんだんに盛り込まれ、かなりの割合を占めているところだろう。当時の科学者の懊悩、葛藤、競争などが活写されていて面白い。

上巻の大半は量子論に費やされる。日本人では仁科芳雄、湯川秀樹、朝永振一郎らが登場する。素粒子物理学の基礎となるこの理論がいかなる経緯ででき上がったか、そして——これが重要だが——、その上で問題になるのは何であるのかが詳細に描かれる。上巻の後半からは、テーマのほとんどが対称性に絞られる。2008 年にノーベル賞を授賞された南部陽一郎博士へのインタビューもある。日本の物理学派がどのようなものであったかというエピソードは特に興味深かった。巻末には訳者らによる小林・益川理論、また 2002 年ノーベル賞授賞の小柴博士への言及もあり、関心のある方には一読をお勧めする。

本書では理論、実験ともに偏向なく筆が費やされているが、次第に拡がる理論家と実験家の乖離には色々と考えさせられた。生物畑の俺から見てまず驚くのが、理論物理学者の論文に対するスタンスである。もちろん各人で思想は異なるが、平均して、あまり間違いを恐れず、自分のアイデア (= 実験的裏付けのまだない新しいモデル) をポンポンと形にして発表する。個人的なコラボレーションも多い。他大学に数週間から数ヶ月滞在する間に、当地の研究者と議論を交わしてモデルを作るのである。

他者の興味を引かない理論はたちどころに忘れ去られるが、面白かったのは、論文の著者本人すらがしばしば自分のアイデアを何年も忘却する点である。インタビューでも「まさかあの論文に書いたことがこれほど当たっているとは。運が良かった」という回答を読むことができる。アイデア勝負、といえば聞こえが悪いか。実験事実は当然尊重するが、とりあえずそれらを無視して己の科学的直感に頼る場合も多い。今ある問題をどのようにすれば説明できるか、数学的に優美な形式に落とし込むにはどのようにすれば良いか。とにかくモデルを作り、予言しておいて、実験家にその確認を説いて回るのである。

実験家の方もなかなか大変である。素粒子の実験には加速器に代表されるような、膨大な経費のかかる巨大な施設、精密極まりない機器、数学的に高度な解析が要求される。既存の施設を利用しても数ヶ月から数年、新規のプロジェクトであれば 10 年単位の時間がかかる。多大な労力を費やして彼らは、現行の理論が予言する、あるいは既存の理論では説明できない粒子を発見する。実験グループの間には凄まじい競争があり、また理論家たちとは科学観の違いからくる軋轢が存在する。それでも物理学者は全体として協調しながら科学を発展させていく。

素粒子物理学にテーマを限った本書では、相対性理論、宇宙物理学などの関連分野に関する記述は少ない。そのために類書よりは敷居が高いようにも感ぜられる。しかし、素粒子やその発見の歴史に興味がある人にとっては最適の良書であろう。