- 『宇宙創成はじめの3分間』スティーヴン・ワインバーグ

2008/10/31/Fri.『宇宙創成はじめの3分間』スティーヴン・ワインバーグ

小尾信彌・訳。原題は "The First Three Minites"。

原著初版が 1977年といささか古いが、ビッグバン直後の宇宙の状態を平易に著した本書は、欧米では古典的な扱いになっているという。

本書が執筆された時期は、初期の宇宙はどのような状態であったのか、という極めて興味深い問題に解決の糸口が見えた頃でもある。1965年に 3 K の宇宙背景放射がペンジャスとウィルソンによって発見され (1978年ノーベル物理学賞)、ビッグバン理論に観測的な基礎が与えられた。そこから「理論によって」宇宙の歴史を遡る研究が盛んになる。いや、遡るために理論研究が活発になったというべきか。

開闢間もない宇宙は非常に高温であり、原子核などはもちろん影も形もない。エネルギーと質量の区別はほとんどなく、大部分がフォトン (光子) とレプトン (電子、陽電子、ニュートリノ、反ニュートリノなど) であり、粒子は互いに衝突しては消滅と生成を繰り返していた。このような状態では量子レベルの様々な力は区別ができない。この過程で、著者のワインバーグ (とサラム) は、電磁気力と弱い力とを統一し (電弱統一理論、1979年ノーベル物理学賞)、初期宇宙の描像に貢献した。

ちなみに、強い力についての理論が、今年ノーベル物理学賞を授賞した小林・益川理論 (1973年) であり、ワインバーグ = サラム理論と小林・益川理論を合わせたものが現在の標準理論である。しかし、この理論は重力を含む一般相対性理論については記述できない。そこで、重力を含めた理論として弦理論を提唱したのが南部陽一郎博士である。この理論は結局否定されるのだが、後年、超弦理論として復活する。その過程で例の対称性云々が関わってくる (らしい) のだが、このあたりになると俺の理解の範囲を超えてしまう。

——ともかく、本書はそこまで難しい内容ではない。初期宇宙の話が始まる前に、現在の宇宙像がどういうものであるのか、宇宙が膨張していることを示したハッブルの法則 (エドウィン・ハッブル『銀河の世界』に詳しい) から始まって、ビッグバンのアイデア、それを支持する宇宙背景放射が観測された歴史、粒子の種類とその性質などが易しく語られる。これらの充分な準備の後で、宇宙開闢 3分間の歴史が生き生きと描かれる。

ところで、宇宙背景放射は偶然に観測されたのだが、著者は「どうしてこの輻射を検出しようという系統的な研究が 1965年以前になかったのか?」(VI「歴史的なよりみち」) と問い、その理由について一章を割いている。これが非常に興味深い。背景放射については、観測以前に理論的な予測が報告されているにも関わらず、「予測されたマイクロ波輻射を誰も探ろうとはしなかった」。なぜか。

私たちの誤りはわれわれの理論をあまりに真剣に受け取ることではなくて、われわれの理論を充分真剣に受け取らないことである。私たちが机の上でいじっているこれらの数字や方程式が、実際の世界とかかわっているということを実感するのはいつでも難しいことである。いっそうよくないことには、ある現象は立派な理論的ないし実験的努力に値するテーマとはならないという一般的な了解がしばしばあるように思われる。

(略)

科学の成功がいかに困難であったかを理解することなしには、成功を本当に理解することができるとは私は考えない——惑わされるのはいかに容易であるか、どんなときにでも次になすべきことはなにかを知ることはどんなに難しいことであるか。

(VI「歴史的なよりみち」)

耳が痛い。

巻末には 1988年版および 1993年版の原著者追補が付され、その間の宇宙論の進歩についても述べられる。また、佐藤文隆による「解題」、著者による補遺、用語解説、数学ノートもある。古典に相応しい、充実した構成となっている。