- 『放送禁止歌』森達也

2008/10/02/Thu.『放送禁止歌』森達也

森達也の本は、彼の映像作品同様、「ドキュメンタリー」ということになっている。ノンフィクションとはどう違うのか。

複数の意見の折衷案からなるドキュメンタリーなど、本来はありえない。なぜならドキュメンタリーは「単独の視点」であり、「個的な世界観」を表出することにその存在理由があるのだから。

(「第1章 テレビから消えた放送禁止歌」)

確かに作中でも、森は様々な意図を含んだ質問を相手に投げ掛けては、興味深い言葉を引き出している。それは誘導尋問のように見えるかもしれない。けれども、そのときに森が考えていたことを併記することで、ギリギリの公正さを(読者には)保っている。そういう内幕暴露をも含めた部分が、森のいう「ドキュメンタリー」なのだろう。一応、筋は通っているように思われる。

さて、放送禁止歌であるが、実のところこんなものは存在しない。

便宜上ここまでの文中にも使ってきたが、「放送禁止歌」という呼称は実は正確ではない。正しくは「要注意歌謡曲」だ。民放連が一九五九年に発足させた「要注意歌謡曲指定制度」なるシステムが、放送禁止歌が存在する制度的根拠であり、規制の実体だ。ところがこのシステムの趣旨は、あくまでもそれぞれの放送局が、独自に放送するかしないかを判断する際のガイドラインでしかない。

[略]

まだある。「要注意歌謡曲指定制度」は、一九八三年度版を最後に消滅していた。効力は五年間と表記されているから正確には一九八八年、[略]「要注意歌謡曲指定制度」はその機能を完全に失っていたことになる。

砂上の楼閣どころではない。過去においても、そしてもちろん現在も、放送禁止歌は存在していなかった。噂されるほとんどの楽曲は記載されていないし、そのシステムはとっくに消えているし、何よりもそのシステムそのものに実体などなかったのだ。

(「第1章 テレビから消えた放送禁止歌」)

にも関わらず、「放送禁止歌は存在する」とメディア関係者の多くが思い込んでいる。なぜか。その最も有力な説は、「部落解放同盟による恫喝にも等しい抗議が来るから」である。しかしそのほとんどが、針小棒大に誇張された、いわば「伝説」に過ぎない風聞に依るものであることを、森は、メディア関係者および解同への取材を通じて明らかにする。

部落に関わりがあるらしいというだけで、放送禁止歌という死刑に等しい決定的な宣告をメディアは多くの歌に与えてきた。この無自覚な条件反射は、部落に生まれたというだけで蔑視の対象と見なし、人としての当たり前の権利や生活を強奪してきたこれまでの差別の歴史と、意識構造においては寸分たがわず重複する。

(「第4章 部落差別と放送禁止歌」)

痛烈といって良い。

メディア(ここで論じられるのは主にテレビ)離れが進んでいるという。俺など、ここ数年は意識的に触れないようにさえしている。けれども森はまだメディアに希望を抱いているようである。この本が書かれたのは二〇〇〇年だが、今も森はメディアを恢復できると思っているのだろうか。知りたいところである。