- 『人間はどこまで耐えられるのか』フランセス・アッシュクロフト

2008/06/19/Thu.『人間はどこまで耐えられるのか』フランセス・アッシュクロフト

矢羽野薫・訳。原題は "Life at the Extreme"。

邦題を見て「雑学タイプの本かな」と思ったが、内容は硬派な生理学に基づいている。著者のアッシュクロフトは、オックスフォード大学生理学部の教授である。

ヒト (を含む生物) の身体は、どこまで過酷な条件に耐えられるのか、というのが本書のテーマである。ギネス記録の単なる羅列ではなく、どうしてそこまで耐えられるのか、限界はどこまでなのか、それを突破するテクノロジーとは、図らずも不幸な状況に陥ったときはどうすれば良いのか、などなど。これらの事柄が、生理学という学問を通じて軽妙に述べられる。

本書は以下の 5章からなる。

各耐性は、スポーツ選手、探検家、冒険家、宇宙飛行士などの (文字通り命がけの) 記録に基づき、生理学的に検証される。過去に行われた実験 (科学者自身が身を呈した多くの人体実験を含む) の歴史や結果も豊富に紹介される。生理学的な身体メカニズムから、現実問題への応用まで、興味を持って幅広く学ぶことができるだろう。

登山 (高山、雪山)、寒冷スポーツ (スキー、クロスカントリー)、陸上競技 (長距離走、短距離走)、水泳 (競泳、遠泳、素潜り、スキューバダイビング) などについては、優れたスポーツ生理学の本としても読める。これらの運動に興味のある向きは、一読をお奨めする。

最終章では、近年になって明らかになってきた細菌および古細菌について述べられる。これらの原始的な生物は、(ヒトから見れば) 極めて過酷な環境で、我々とは全く異なる代謝機構によって生存・増殖する。そこから得られる生物資源は、大きな経済的利益を生む。PCR に用いられる、高熱細菌の Taq polymerase は、その最も有名な例だろう。驚くべき機能を有する未知の生体物質が、思いも寄らぬ場所に生息する生命の中で育まれている。

生物の驚くべき生理・代謝の妙が味わえる良書。