- 『宇宙のエンドゲーム』フレッド・アダムス/グレッグ・ラフリン

2008/05/31/Sat.『宇宙のエンドゲーム』フレッド・アダムス/グレッグ・ラフリン

竹内薫・訳。副題に「誕生 (ビッグバン) から終焉 (ヒートデス) までの銀河の歴史」とある。原題は "The Five Ages of the Universe"。

副題はいささか正確ではない。本書は、銀河ではなく宇宙の歴史である。その長い道程において、銀河すら跡形もなく消滅するからだ。

宇宙の観測とは専ら過去の探究である。地球に届く様々な波長の粒子は、何億年、何十億年とかけて気の遠くなるような距離を旅してきた。地球から見る景色は全て過去のものである。WMAP の結果 (宇宙背景放射の詳細な全天観測) によって、宇宙が 137憶年前に生まれたこと、宇宙は今なお加速しながら膨張し続けていることなどがわかってきた (これら最新の知見については、アミール・D・アクゼル『相対論がもたらした時空の奇妙な幾何学』に詳しい) のは、ようやく 21世紀になってからだ。それでもなお、宇宙の「未来」がどうなるのかは予測の域を出ない。

本書の原著出版は 1999年だが、当時の最新の知見を駆使し、宇宙の誕生から終焉までを、次の 5つの時代に分けて叙述する。

  1. 原始の時代 (宇宙年 -50 < n < 5)
  2. 星たちが輝く時代 (宇宙年 6 < n < 14)
  3. 縮退の時代 (宇宙年 15 < n < 39)
  4. ブラックホールの時代 (宇宙年 40 < n < 100)
  5. 暗黒の時代 (宇宙年 n > 101)

本書では「宇宙年」というユニークな時間単位が用いられる。第n宇宙年 = 10n 年という定義である。現在の宇宙の年齢は 1.37 × 1010年、つまり第10宇宙年である。本書で扱われている時間的範囲の巨大さ (という言葉すら空しくなるが) に、まずは驚く。

原始の時代

宇宙がビッグバンから始まったことは定説になっているし、ほぼ間違いない。その直後、宇宙は超光速で膨張する。インフレーションだ。このインフレーション理論というものが、これまで俺にはよくわからなかった。宇宙が爆発から始まる、というのは物理の素養がなくとも直感的に理解できる。しかし、何故その後のインフレーションが必要なのか。

宇宙背景放射を観測する時、私たちは、実は宇宙が三十万年くらいだった時の「過去」を振り返って見ているのだ。背景放射は、その時期に、最後に物質と相互作用した (放射と物質の最後の「密会」)。それ以来、いま見られる背景の光子は、宇宙を自由に飛び回りつづけてきた。因果的につながっている境界を定める光速球面の大きさは、宇宙背景放射が放出された時には、直系がわずか三十万光年くらいだった。爾来、宇宙は膨張を続けてきたので、この領域は、今や約三億年の大きさにまで拡がった。さて、私たちが、空の正反対の方向を見比べながら宇宙背景放射を観測する時、いま観測可能な宇宙全体の大きさ、つまり二百億光年以上の距離によって隔てられた領域を、私たちはサンプリングしていることになる。この距離は、因果的につながっているはずの領域 (三億光年!) より、遥かに大きい。にもかかわらず、宇宙背景放射の観測された温度は実質的に全く同じで、十万分の一程度の差しかない。虚心坦懐に考えてみても、なぜ完全に接触の範囲外にある領域の温度がきわめて一様なのか、思い当たる節がないのだ。このジレンマが地平線問題なのだ。

(第1章「原始の時代」)

この地平線問題は、宇宙が実際にインフレーション、つまり超光速で膨張したのであれば解決する。「因果律を保つためにはインフレーションが必要」ということがわかり、俺は長年の疑問から開放された。

インフレーションが起こる物理的機序は今なお不明な部分が多い。それでもインフレーション理論が定説になっているのは、

  1. インフレーションを考えないと、宇宙の大きさと年齢について、理論と計算の間で矛盾が起こる。
  2. インフレーションを考えないと、宇宙の因果律が保てない。

からである。インフレーションを否定すると、天文物理学は土台から修正を迫られる (これは非現実的な課題だ) し、因果律を保とうとすれば極端な偶然 (宇宙背景放射は「たまたま」一様になった) を認めなければならない。

星たちが輝く時代

宇宙空間の中で塵が集まりだし、星が生まれる。巨大な星 (いわゆる恒星) は核融合を繰り返し、宇宙に様々な元素を誕生させた。恒星が生まれる過程で、その周辺に惑星ができ、ある種の条件を満たした惑星には生命が誕生する (条件が整えば、生命は偶然によってではなく半ば必然的に誕生するだろうという理論は、スチュアート・カウフマン『自己組織化と進化の論理 宇宙を貫く複雑系の法則』に詳しい)。

しかしほどなく星々は死を迎える。その重量によって、星の最期は様々だ。太陽の 0.5〜8倍の重さの恒星は白色矮星になり、それより重いと、中性子星になるかブラックホールになるか超新星爆発を起こして木端微塵となる。重い星ほど寿命が短い。太陽より充分に小さい赤色矮星 (太陽質量の 8%〜) は細々と輝き続けるが、それでも数兆年で燃え尽きる。数兆年というと大きな数字のように思えるが、宇宙年換算では第13宇宙年である。

縮退の時代

いわゆる恒星が全て燃え尽きた後、宇宙に残るのは褐色矮星 (恒星になれなかった星)、白色矮星、中性子星、ブラックホールのみとなる。

この頃になると銀河どうしが重力によって引かれ合い衝突を始めるようになる。例えば、我々の天の川銀河は隣のアンドロメダ銀河と重力的に結び付いている。銀河の衝突は現在でも確認できるが、充分に時間の経ったこの時代ではより頻繁に発生する (元々重力的に相互作用していた銀河がようやく衝突するまでに近付くほどの時間が経過した、というべきか)。

星々の間は充分に離れているから、銀河どうしが衝突しても星が直接ぶつかり合うということは稀だ。しかし星々の軌道は乱され、星は銀河という集団から散逸していく。

第32宇宙年頃になると陽子が崩壊し始め、我々の日常的な意味での「物質」を形成するバリオンは陽電子や光子へと姿を変えていく。第40宇宙年にはブラックホールを除き、宇宙には光子、ニュートリノ、陽電子、電子の放射線しか残っていない。しかもこの放射線の波長は 1 km、つまり極めて低エネルギーである。

ブラックホールの時代

ブラックホールもホーキング放射によってゆっくりと蒸発していく。銀河の中心にあると思われる、大質量 (太陽の百万倍) のブラックホールでさえ、第83宇宙年には消滅する。

宇宙の歴史において、熱力学 (エントロピー拡大の法則) と重力は常に戦ってきた。星が死ぬとき、熱力学が勝利すれば爆発が起こり、重力が勝てばブラックホールになる。しかし第100宇宙年という最終的な段階においては、全ての重力的結び付きはエントロピー拡大則に敗れ去る。

暗黒の時代

この長い歴史の間、宇宙は常に膨張し続けてきた。第100宇宙年の頃、陽電子の密度は 1個/10272 m3 となる。現在の観測可能な宇宙の大きさが 1078 m3 というのだから、想像することすら至難である。ただただ数字に圧倒されるしかない。

総評

駆け足で宇宙の歴史を辿ってきたが、本書には他にも様々なエピソードがちりばめられている。コペルニクスの時間原理、地球外生命体の可能性、銀河を植民地にする生命体が存在するとどうなるか、ブラックホールと相対性理論、直径が今の宇宙よりも大きいポジトロニウム原子、ビッグクランチが起こるとどうなるか、真空エネルギーとトンネル効果による相転移、それを用いたテロリズムの可能性、ワームホールを用いた地平線をまたぐ通信、新しい宇宙は生まれるのか、宇宙のダーウィン的進化。などなどなど。脇道が面白いので退屈することはない。

しかし何よりも、数字を出されているのに想像することすらできない圧倒的なスケール、科学的な知見に基づいた推測でありながら波乱万丈の物語でもある、という点が実にユニークである。

個人的に可笑しかったのが、著者らが、どの宇宙時代においてもしつこく生命体の存在可能性を検討していることである。『自己組織化と進化の論理』を読んだときにも思ったが、ある種の西洋人は、宇宙に生命が存在すること、それが必然的であり意味を持つということが保証されないと、どうも不安神経症的になるらしい。

巻末には豊富な資料と辞典、注釈が付されている。