- 『相対論がもたらした時空の奇妙な幾何学』アミール・D・アクゼル

2007/05/27/Sun.『相対論がもたらした時空の奇妙な幾何学』アミール・D・アクゼル

林一・訳。副題に「アインシュタインと膨張する宇宙」とある。原題は "God's Equation"、副題は 'Einstein, Relativity, and the Expanding Universe'。

著者の本は以前、『天才数学者たちが挑んだ最大の難関 フェルマーの最終定理が解けるまで』を読んだことがある。非常に面白かったので、本書も期待して開いた。

宇宙定数

アインシュタインは一般相対性理論を発表 (1915年) した後、この理論を総体としての宇宙に適用し、驚くべき発見に至る。しかしその結論は、彼の美学に反したものでもあった。

こうしてアインシュタインは——自分が生み出した場の方程式から——宇宙の膨張を発見した。しかし、彼は自ら導き出したこの結論を信じなかった。

(第11章「宇宙論的考察」)

量子論を最後まで全肯定しなかったように、アインシュタインの宇宙観・物理観は、いみじくも彼自らが葬ったニュートンのそれのように、美的な調和を要求する。彼は、宇宙がダイナミックに変動しているとは到底「信じられなかった」。アインシュタインは一般相対性理論よりも彼の直感を重んじた。すなわち、一般相対性理論にはどこか欠陥があるに違いない。

膨張する宇宙を内包する美しい方程式を一見静的な宇宙と折り合わせるという荒療治を迫られた彼は、深刻な心的外傷を負った。だが、彼は自分の言葉どおり、あらゆる努力が無駄だと証明されるまで、方程式と現実を適合させるべく試みずにはいられなかった。そしてそれをやっておのけた。アインシュタインは彼の完璧な方程式を変え、自然現象を記述するうえで、自分にも物理学にも役立つものを創りあげたのである。

(第11章「宇宙論的考察」)

それが、かの「宇宙定数 (宇宙項)」である。

アインシュタインが「膨張する宇宙」に疑念を持ったのは、時代的な限界もある。当時、全宇宙には我々の銀河、すなわち天の川銀河しか存在しない (というか、銀河 = 宇宙) と考えられていた。他の銀河はもやもやとした星の集まりにしか見えず、天の川銀河に存在する星雲として認識されていた。これらの幾つかが別の銀河 (当時は「島宇宙」と呼ばれた) であることを見出したのが、エドウィン・ハッブルである。彼は巧妙な方法で各銀河までの距離を求め、スペクトルの赤方偏移からハッブルの法則を発見する (この過程についてはエドウィン・ハッブル『銀河の世界』に詳しい)。すなわち、「銀河はわれわれからの距離に比例する速度で遠ざかって」おり、「ハッブルの法則を論理的に説明しようと思うなら、宇宙全体が膨張していると考えるほかはない」。

一九三一年、カリフォルニアを訪れてハッブルの計算をその目で確認したアインシュタインは、自分が方程式に組み入れた宇宙定数が不適当であることを認め、公式に放棄した。

(第11章「宇宙論的考察」)

加速する宇宙の膨張

ここまではよく知られた話である。

その後、宇宙物理学は急速に発展し、ロジャー・ペンローズのブラックホール理論 (1965年)、アラン・グースのインフレーション理論 (1979年) などが提唱される。観測精度はますます向上し、エスター・フーは、130億光年の彼方に存在する銀河の観測に成功した (1998年)。これらは全て、ビッグバン理論を補強するものである。ビッグバンによって生まれた宇宙が辿るシナリオは 3つ考えられる。

第一に、宇宙は閉じてしまう、というシナリオ。この場合、宇宙の膨張は最終的には停止し、宇宙はすべての物質間にはたらく重力のために崩壊に転じる。第二は、宇宙は定常状態に達するまで膨張を遅め、その状態に留まる、というシナリオ。

第三の、宇宙の膨張が永遠に続くというシナリオが妥当であると考える科学者は、数えるほどしかいなかった。そして、考えられないことを想像した者は事実上皆無だった。すなわち、宇宙の膨張の速度が実際に加速されているという考えだ。

(第1章「爆発する星」)

ところが、ソール・パールマッターは、「遠くの超新星——およびそれが宿る銀河——は、予期したよりも遅く地球から遠ざかっている。この速さは、もっと近くの銀河よりも遅い」ことを発見した (1999年)。これはハッブルの法則に矛盾する。しかし、彼のデータもまた信頼性の高いものであった。

したがって、得られる結論はただ一つ——彼は結論づけた——宇宙は膨張を加速している。

(第1章「爆発する星」)

ここで、アインシュタインの宇宙定数が復活する。

ということは、何ものかが宇宙を外に向かって押しやっていることになる。では、その "何ものか" とは何だろう? 量子物理学によれば、宇宙空間、つまり "真空" は、じつは空っぽどころではない——エネルギーで沸きたっているのだ。

真空のエネルギー、空間を外側に押しやるこの力は、アインシュタインの宇宙定数によってモデル化されるのである。

(第12章「空間の膨張」)

詳しい解説は本書を読んでほしい。これは、アインシュタインが一般相対性理論を生み出し、一度は挿入した宇宙定数が捨てられ、そしてまた復活するまでのドラマである。

相対論と宇宙論、その他

アインシュタインの伝記に関する部分にも、新しい知見が盛り込まれている。著者は独自の資料に基づき、新たな解釈を提示する (アインシュタイン全生涯の伝記は、矢野健太郎『アインシュタイン伝』に詳しい)。

また、ヒルベルトの先取権争いや、相対論に深く関係する数学者 (リーマンなど) の事跡、光が太陽の重力で曲がることを証明するために遠征した皆既日蝕観測隊のエピソード、ニュートリノの観測などなど、相対論と宇宙論に関わる逸話にも頁が割かれており、読み応えがある。名著。