- Book Review 2005/04

2005/04/24/Sun.

牧逸馬の『世界怪奇実話』を島田荘司御大が編集したもの。収録作は、

の 14編。

世界怪奇実話

牧逸馬という名前に聞き覚えはなくとも、『丹下左膳』の著者・林不忘の別名といえば、「ああ」と納得される方もいるだろう。本書は、牧逸馬こと林不忘こと谷譲次こと、本名・長谷川海太郎が著した『世界怪奇逸話』の精選集である。長谷川海太郎と本書の編集動機に関しては、編者・島田荘司による巻末の「めりけん・じゃっぷ、牧逸馬の謎」に詳しい。

『世界怪奇実話』は、牧逸馬がロンドンの古書店で買い占めた怪奇事件の資料を元に、実在の事件を読み物風に書き著したものである。今では日本人にも常識となっている「切り裂きジャック」や「タイタニック号」だが、本邦で初めて紹介されたのは、恐らく牧逸馬の『世界怪奇実話』が最初であろうと言われている。そういう意味で、資料としても本書は価値が高い。しかし何よりも、いまだ古びない面白さと、1929年に書かれたとは思えないほどの正確さ、資料の読みこなしに驚く。

「怪奇実話」と銘打つだけあって、どの事件も非常に不可思議なものである。知らない事件に対しては、探偵小説のように読むこともできる。しかも実際に起こった事件なのだから、謎の解明に至るスリルもひとしおである。

2005/04/18/Mon.

理論物理学者、アルバート・アインシュタイン (1879〜1955) の伝記。1905年は、アインシュタインが特殊相対性理論、光量子理論、ブラウン運動理論の三大論文を発表し、「奇跡の年」と呼ばれた年である。それから 100周年を記念して、国際連合は 2005年を「国際物理年」としている。

アインシュタイン

本書では、アインシュタインの生涯が、当時の国際情勢や科学界の事情と絡めて丁寧に描かれている。彼の業績については、相対性理論を中心に簡潔な解説もなされているが、アインシュタインがどんな時代を生きたか、どんな考え方を持っていたのかという点に重きが置かれている。科学にあまり関心はないけれど、アインシュタインという人物には興味があるという人にも、お勧めできると思う。

アインシュタインはユダヤ人であり、しかも第2次世界大戦が始まるまではドイツで研究を行っていた。このことが、彼を様々な運動へと駆り立てる。その白眉は、アメリカ大統領に宛てた、原子爆弾の研究を勧告する親書であろう。マンハッタン計画である。その結果は、日本人が一番よく知っているはずだ。「戦争と科学」という大きな問題についても考えさせられる 1冊である。

矢野健太郎

著者の矢野健太郎についても書いておく。彼は数学者であり、専門は微分幾何学である。この分野は、相対性理論の数学的展開を行う上で重要な位置を占める (らしいが、俺にはよくわからない)。

矢野健太郎の少年時代、アインシュタインは日本を訪れ、各地で相対性理論の講演を行った。新聞は連日、アインシュタインに関する報道で埋め尽くされたという。この頃はまだ、「相対性理論を理解する人間は世界で数人しかいない」という噂が流れていた。この言葉に触発された矢野少年は、「相対性理論を理解し、いつかアインシュタインと語り合いたい」という夢を持つ。

数学の道を選んだ矢野は大学院へ進学、最難関の試験に合格してフランスへ留学する。パリのアンリ・ポアンカレ研究所で、相対性理論の数学的研究を発表した矢野は、ついにアインシュタインから「君と話したい」という手紙を受け取るまでになる。しかし矢野の帰朝後、太平洋戦争が勃発。日本とアメリカは交戦状態となる。世界から孤立した日本で、矢野は研究を続けた。やがて、2発の原子爆弾により太平洋戦争は終結する。そして数年後、矢野は念願かなって、アインシュタインのいるプリンストン高級研究所に招かれた。

以上の事柄は、本書の最終章「アインシュタインと私」に詳しく述べられている。著者が本書を記すに至った背景を知ることができるとともに、研究者ならば、矢野の生き方に感銘を受けるに違いない。